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2010年3月27日 (土)

004お人好しの家系に連なる祖父

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

父の1ヶ月ちょっとの家出をきっかけに、私の家系のお人好しぶりが少しずつ明らかになっていきました。保証人で痛い目にあったのは父が初めてでは無かったのです。過去の数々の失敗を教訓とするべく、ご先祖様のことが話題にのぼるようになったのです。

我が家のご先祖様は、明治維新のどさくさに紛れて今の土地に逃げてきたそうです。何から逃げてきたのかは謎です。

私の曾々ばあさんが大変な才覚と根性の持ち主だったらしく、大八車一つから金物屋を始め、日露戦争でうまいことやって大儲けしたそうです。かなりの財産を築いたようで、地元のシンボルになっている神社には、その名を刻んだ巨大な鳥居が立っています。相当額の寄進をしたのでしょう。

ところが、その息子にあたる曾祖父がひたすら無邪気な人で、川でウナギを捕まえる遊びに興じてばかりで、商売はもっぱら嫁に来た曾祖母が担っていたそうです。また、曾祖父はお人好しで、酔っぱらうとすぐにハンコを押してしまう悪い癖が……。他人の土地を踏まずに15分歩いていける程だったという土地が、曾祖父のせいでかなり失われてしまったのでした。

そんなことを教えてくれたのが、ずっと同居していた祖父でした。そして、祖父もやっぱりお人好しなのでした。

大正生まれの祖父は、子どもの頃は家業の手伝いで集金にまわり、そこからちょろまかして友達におごりまくっていたそうです。それなりに勉強ができたので旧制中学校を卒業して早稲田大学に進学。ところが、大学に進学しても同じ調子で友達におごりまくっていたところ、持たされていた4年分の学費を1年で使い果たし、親に呼び戻されてしまったのでした。

そして祖父は徴兵され、無事に帰ってきます。しかし、我が一族の男が商売に向いていないことを思い知った曾祖母が、自分の代で金物屋を閉めると決断し、祖父は公務員になったのでした。

私が生まれたときには、祖父はとっくに退職し、家で書道教室を開いていました。祖母は私が物心つく前に病気で亡くなっています。

大正生まれの祖父は自民党支持者でした。

一方、父は団塊世代で旧社会党支持者でした。

だから二人は何かと対立して、夕飯のたびに激しく口論していました。

それでも毎日、一緒に食卓を囲むのです。

お人好しの親子が、毎日仲良くケンカしているのです。

祖父と両親、そして私と弟、妹。6人の家族で賑やかに囲む食卓が、私は大好きでした。

「005眠れる獅子だった弟」につづく)

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