« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

2010年4月の29件の記事

2010年4月 1日 (木)

未来の君へ

人は何のために生きるか知っているかい?

幸せになるために生きるんだよ。

君にとっての幸せが何か知っているかい?

それは君にしか分からないんだ。

自分にとって何が幸せなのか、それを「価値観」という。

君はこれから一生をかけて自分の価値観を磨いていくんだ。
いろんな人の価値観を参考にしながらね。

父さんは自分の価値観にちょっと自信がある。
勉強することが好きだし、
挑戦することが大好きだし、
変わった人とつきあうのはもっと好きだからだ。

そう、価値観を磨くために必要なことはみんな、
父さんの大好物なんだ。

価値観は行動で伝えるのが基本だけれど、
形にしておくのも悪くない。

父さんはとても元気だけれど、
アクシデントに見舞われないとも限らない。

だから、価値観を磨くのに役に立ちそうなことを
文章にして残しておこうと思うんだ。

未来の君へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 2日 (金)

パパときょーちゃんとズボンのすそ

おつきあいをはじめて二年が過ぎた頃、当時まだ彼女だった妻は、思い詰めた表情できり出してきました。

 

「どうしてズボンのすそがいつも短いの?」

 

言った妻も辛かったことと思います。

当時の私は、ズボンのすそ丈がそんなに大事だなんて思ってもみませんでした。

私に限らず、オシャレに無頓着でズボンのすそが短い人はいっぱいいます。すそ上げ調整を適当に済ませてしまうのです。

でも、ズボンのすそ丈に気を使うだけで、ぐっとまともなファッションに近づくんです。

妻のすそ上げの様子を初めて見たときはびっくりしました。女性は特に履く靴によって高さがまったく違うので、それはそれは念入りにすそ丈を調整するのです。長いときは10分くらいかけて色々と試しています。

そんな二人の娘であるきょーちゃんは、特に教えていないのにズボンのすそにこだわりまくりです。

きょーちゃんがまだ2歳半くらいの頃の話です。チャイルドシートに座ったきょーちゃんが、自分のズボンのすそを下に向かって一生懸命引っぱっていました。かと思うと今度はくつ下を限界まで引っ張り上げてみたり。

その時のきょーちゃんのズボンと靴下はこんな感じ。

F1000046

すねが見えているのが気に入らないのです。しばらくズボンのすそやくつ下と格闘したあげく、

「あいてるのが嫌なのぉ!」

と叫んで、とうとう泣き出してしまいました。

そこで、立った状態ではちゃんとすねが隠れているという写真を撮って見せた上で、座った状態ですねが見えるのは仕方ないものであると説明してあげたところ納得していました。

その写真がこちら。

F1000047

合理的に説明すればきちんと納得するあたり、子どもの気まぐれで言っているわけではない感じなのが何とも末恐ろしい限り。

暖かい時期の話なので、寒くて言ったのではなくて、あくまでオシャレのこだわりとして言ったのだと思います。人間の生まれついての性格やこだわりや才能って本当に不思議です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 3日 (土)

005眠れる獅子だった弟

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

我が家の三兄弟は、全く似ていないことで有名でした。

私は神童の誉れ高く、常に学級委員を務めるものの、運動神経はゼロ。弟は運動神経抜群で、愛すべきいたずらっ子として先生から追いかけ回されていました。妹は勉強も運動もできない猛烈ないじめられっ子でした。

年子だったこともあって、私と弟を比べたがる人がたくさんいました。そして、分かった風なことを言いたがる人ほど、
「弟は眠れる獅子で、今にお兄ちゃんを追い越すに違いない」と言うのでした。

私もそうかもしれないと思っていました。将棋やオセロやテレビゲームは何回やっても私が負けたからです。

そんな弟の成績は、小学校から中学校までを通してずっと上の下くらい。まったく机に向かわないでそれくらいの成績を維持していました。

「やればできる子」

関わった先生みんなからそう評価され続け、弟は高校受験の季節を迎えました。弟の志望校は、私が通っていた私立校は別格として、地域ではトップとされる公立校でした。

弟のそれまでの成績からすると、かなり厳しい挑戦でした。しかし、みんなが何となく楽観していました。やればできる子だから大丈夫だと思っていました。本人も余裕の表情でした。受験の前日に商店街の福引きで3DOというテレビゲーム機を引き当て、
「こんなところで運を使ってどうしよう。」なんて笑っていたのを覚えています。

 

そして、弟はあっさり落ちました。

 

振り返ってみると、弟は家で机に向かう時間がほぼゼロのままでした。

運動も同じ調子で、部活はさっさと止めてしまって、「本気出したら○○部よりも上手なのに」なんて言われて得意になっておしまいでした。

「やればできる子」なんてこの世にはいないのです。

「やらないからできない子」なのです。

「やったら案の定できた子」なのです。

そんな弟は、別の高校に合格して進学したものの、ちょいとやんちゃをやらかして二年の秋に退学に。私の東大進学と同時に東京の定時制高校に転入し、私と弟は東京で二人で暮らすことになったのでした。

東大生のたまり場となった我が家では、麻雀大会やテレビゲーム大会が連日開催され、そこに交じった弟は相変わらずの強さを発揮していました。非凡な何かの雰囲気を漂わせることは相変わらずでした。でも、「やらないからできない子」ぶりも相変わらずだったのです。

そして、私の大学卒業を機に、弟は地元へ帰りました。それでも弟は、輝ける可能性の妄想を抱きしめながら、何も生み出さない日々を送っていたのでした。

「公務員試験を受けるから勉強のためにバイトも止める!」

と宣言して過去問集を買ってきて、手を付けた形跡が一切無かったり、そんな日々です。

 

しかし、転機が訪れました。恋人の妊娠と結婚です。甲斐性無しだと思っていた弟が、やることはやっていたのです。

いつか花開く輝かしい可能性ではなく、目の前の生活費と出産費用という現実を突きつけられて、彼はちょっとずつ「できないからコツコツやる子」になっていきました。

「まだ本気出していないだけ」

だった弟が、生まれてくる新しい家族のために本気出してコツコツ働き始めたのです。

やれば出来るじゃないか!一歩一歩地道にやれるじゃないか!

と思った瞬間…

本気を出したことが無かったゆえに打たれ弱かった弟は、新人いびりという最初の世間の荒波で、もろくもダウンしてしまったのでした。よりによって出産予定日の直前に仕事を辞めてしまったのです。

しかし、再び立ち上がったのです。

いよいよ子どもが生まれると、何とか自分で新たな仕事を探し、またコツコツ働き始めたのです。

そこには、ドラマチックな逆転劇や、眠った才能が突然花開くサクセスストーリーの香りは消えて無くなりましたが、踏まれても踏まれてもどうにかして立ち上がるしたたかさが生まれていました。

「眠れる獅子」とされていた頃の弟もそれはそれで悪くありませんでしたが、コツコツ懸命に生きるようになった弟のことが、とても頼もしい今日この頃です。

「006呼吸するようにウソをつく妹」につづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 4日 (日)

積み木を全部使ってお城を建てる

Tumiki008
きょーちゃんが10ヶ月くらいの頃に買った積み木です。素材そのもので勝負するおもちゃだけは中国製を避けたいところ。トイザらスで探して、ドイツのHEROSというメーカーの積み木に決めました。

これからご紹介するのは、当時の私が、四歳になったきょーちゃんを想定して考えた遊びです。

遊びにメリハリをつけるためには、分かりやすいゴールを設定するのが一番です。

せっかく50個も入っているセットを買ったので、

「50個全部使いきって作る」

というゴールを設定してみました。これが思いのほかイイ感じでした。

非常に分かりやすい目標ですし、根気さえあれば誰でも何らかの形で達成できます。また、大きなものを作るというのは単純にテンションが上がります。それなりの達成感を確実に味わえるわけです。

とりあえず今回は、当時の私が一人で作った作品例。

Tumiki002

Tumiki004

Tumiki005

作品はその時々の子どものレベルでつくるので、最初はカオスになると思いますが、そこから子どもの成長と共に作品のレベルも上がっていくわけです。その時々で写真を撮っておけば、同じ材料を使って何を作れるかという能力の定点観測になるので楽しいですよ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 5日 (月)

身の回りの人のウツに備えて

天然の猛烈なポジティブ思考の私は、ネガティブ思考な人の気持ちがイマイチ分かりません。仕事がめちゃめちゃ忙しくて一週間ぐらいまともに眠れないときに、とっても嫌なことが重なったりして、うわぁああああああってなって、何もかもうまくいかないような気がする瞬間はありますが、一晩寝たら基本的に回復してしまいます。

これは、脳内物質の分泌の仕方がストレスに強い配合になっているおかげなのだと理解しています。祖父からダメ親父へ、そして私と妹へとDNAで受け継がれた秘伝のレシピなのだと思われます。特に妹のストレス耐性は驚異的です。苛烈ないじめをがっちり受け止めて傷だらけになりながらも目が絶対に死なない様は、我が妹ながらスゴイと思っていました。そのうち、「業の深い人々」で詳しく書きます。

だからといって、他人に自分と同じストレス耐性を求めるのはバカがすることです。脳内物質のちょっとした配合の違いで、どうにもこうにもネガティブ思考になってしまう人がいるわけで、それを根性論でどうこう出来るわけが無いのです。そして、ネガティブゆえの繊細さや慎重さも社会に必要不可欠な要素で、どちらが偉いとか優れているという話ではありません。

ただ、私も気を抜いてしまうと、うっかりそのバカになってしまうことがあるのです。ネガティブ人間のマイナスまっしぐらな妄想が業ならば、ポジティブ人間の悪気のない無神経ぶりもまた業なのです。業はきちんと認めた上で、上手に付き合っていくしかありません。

そのために、ポジティブ過ぎる私は、ネガティブな人の考え方をきちんと知ることが大切です。

そんな私が出会ったのが、「メンヘラちゃん」というWEB漫画を熱く紹介するブログ記事。

たまごまごごはん 「メンヘラちゃん」があまりにも素晴らしくて心の整理がつかない。

私はぜひ読んでみるべき漫画のようだということで読んでみました。

メンヘラちゃん

なるほど、たしかにこれは素晴らしい。

鬱な人の考え方が、とてもていねいに、誰が読んでも嫌な気分にならないように気を遣いながら、分かりやすく描かれています。伝わるように描かれています。

これで身の回りの鬱な人の気持ちが分かるようになった!

なんて言ってしまったら、そんなもん本当の本当に理解できるわけがなくって、それは相変わらずの無神経な人でしかないわけですが、向き合うときに心がけた方がいい態度の有り様などは学ぶことができたと思います。

我が子も含めて、「鬱」という心の風邪をひく可能性は誰にだってあるわけです。そんな時に取り返しの付かない一言を言ってしまって後悔したりしないように、自分の心に余裕がある時に、鬱という病について考えておいた方がいいと思います。

「我が子に限って鬱になるはずがない!」なんて思うのは、ポジティブ思考ではなくて単なるバカなのですから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 6日 (火)

積み木を高く積むことに熱中しだしたきっかけ

F1000139
積み木をひたすら高く積んで楽しむきょーちゃんです。シンプルだけど奥が深い遊びなのですが、きょーちゃんはちょっと前までイマイチのってきてくれませんでした。

それが突然、熱心に取り組むようになったのです。きっかけは、だいくんが立てるようになったことでした。

高く積み上げるにあたってきょーちゃんは必ず

「だいくんより大きいんじゃない!?」

とか、

「だいくんより大きくしようよ!」

といった具合に、だいくんを基準に高さを表現するようになったのです。

ハイハイしていただいくんが立てるようになって、自分の目の高さまで突然大きくなるという衝撃が、きょーちゃんの中で「高さ」に対する強烈な興味を引き出したのです。

兄弟という存在は色々な心の変化をもたらすものですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 7日 (水)

お風呂で天気予報ごっこ

20100405111642
子どもは天気予報が大好きです。お天気は分かりやすく自分の生活に影響しますし、テレビで表示されるお日様や傘のマークは子どもでもすぐ理解できるからでしょう。

だから、お風呂でやる天気予報ごっこは、わが家の大ヒット遊びの一つです。

用意するのは、お風呂に浮かべて遊ぶ船のおもちゃと、シャワー状に水を出せる手桶かじょうろ。

まずは以下のような感じで、一人で小芝居をしてみせます。

「明日の天気はどうなるのかな?天気予報を見てみよう。パチッ(テレビをつけるまね)」

「(気象予報士のまねで)明日は雨です。」

「明日は雨かぁ。雨がひどくなるまえに船を出さなきゃな。」

「出発進行!雨が降る前に向こうまで行ってしまうぞ!(おもちゃの船を走らせる)」

「(船に向かって手桶などで水をかけながら)雨が降ってきたぞー。」

「うわぁー、急げ急げー。雨がひどくなる前に急げー。」

「(船をひとしきり走らせてから)あぁー、あぶないところだった。」

なんて感じです。

これを今度は、テレビの中の気象予報士役と、雨を降らせる役を子どもにやらせるのです。天気予報の内容や、雨を降らせるかどうかは自由に決めさせるようにします。

自分のアドリブで天気を自由に決めることや、雨を降らせるときに小雨や大雨、どしゃ降りといった加減をできるのがおもしろいようです。天気予報をワザと外して、気象予報士にテレビの前で文句を言ってみたりなんてバリエーションも楽しめます。

天気に関するボキャブラリーを増やすことにもつながりますし、気象予報士のものまねを通して「ですます」調でしゃべる訓練にもなります。

わが家はアンパンマンのお風呂セットに入っていたドキンちゃんの手桶と、ゼンマイで動くポニョのポンポン船を使っています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月 8日 (木)

きょーちゃんの入園式

きょーちゃんの入園式
きょーちゃんの入園式でした。

幼稚園は家から一番近いという理由で選びました。早期教育や英才教育は何の意味もないと思っているので、普通に集団生活を体験できればどこでもいいです。

早期教育やら英才教育やらで早熟にすることは出来ても、生まれ持っている適性の器を大きくすることは出来ません。親に出来ることは、子どもの成長の邪魔をしないことだけです。むやみに成長を早めようとすることは、長い目で見れば成長の邪魔にしかならないです。

入園式で印象的だったのは、園長先生のグダグダっぷりでした。親の跡を継いで園長になったと思われる60代くらいの女性です。

先生方をずらりと並べて園長先生が一人ずつ紹介していくという場面でのことでした。

「それでは、担当の組と先生の名前を紹介していきますね。もも組は山下みちこ先生です。」

「はい!よろしくお願いします!」

「あか組は、えーっと、ふ、古川ゆきえ先生です。」

「はい!よろしくお願いします!」

「そして、今年はとっても嬉しいことに、この幼稚園を卒園した子が、先生になって帰ってきてくれました。とっても懐かしい顔が帰ってきてくれて、先生はとっても嬉しいです。あお組の先生をしてくれます。えーっと、ま、松川けいこ先生です。」

「いや、松下です。」

……。そこは絶対間違えちゃダメなところだったと思います。

現場のリーダーと思われる教務主任の先生がしっかりしているっぽかったので、まぁ大丈夫……かな……。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月 9日 (金)

踊る曲 踊らされる曲

君の時代にはどんな曲がかかっているのだろう。

父さんの時代には
「自分らしさサイコー」っていう曲がかかっているよ。

父さんの父さんの時代には
「働いた分だけモノが買えて幸せになれる」って曲が
かかっていたらしい。

曲にあわせて踊っていると、
自分の能力以上の振り付けも上手にこなせたりして
とっても気持ちいいんだ。

人生は重い荷物を背負って遠い道を歩くようなものだから、
踊って気持ちよくなって辛さを忘れようとするんだ。

だけど、踊ったからといって早く前に進めているわけじゃない。
時間は誰にとっても同じように流れているのだから。

忘れないでほしいのは、
曲にあわせて踊っていると、
けっこう疲れてしまうという当たり前のことだ。
踊っているときは気持ちいいんだけど、
どんな曲もいつかは終わるものだし。

君を踊らせてくれるのは時代の曲だけじゃない。
「子どもをいい大学に導く母親の物語」とか、
「姑の介護を献身的に続ける嫁の物語」とか、
「暴力的な夫をけなげに支える妻の物語」とか、
「裸一貫からのし上がっていく成り上がり物語」とか、
「信心深い○○教信者の物語」とか、
人生の辛さをしばらく忘れさせてくれそうな物語の曲が
世の中にはたくさん用意されている。

忘れないでほしいのは、
自分が好きで踊っているってことだ。

人生の辛さを忘れるために踊っているだけなのだから、
上手に踊れたからって、
何かご褒美がもらえるなんて期待しちゃいけない。

踊ることで本当の問題を先送りにしてしまっていて、
何かしっぺ返しがくることは少なくないけどね。

しばらく踊ったら、踊り疲れる前に自分で踊りを止めて、
また足を引きずりながら一歩一歩進まなきゃいけない。

あせることはない、
時間は誰にとっても同じように流れていくのだから。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月10日 (土)

006呼吸するようにウソをつく妹

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

人間の業を煮詰めて、太った女性の形にすると私の妹ができあがります。3歳年下の妹の生き様が、私の人間観の幅をべらぼうに広げてくれました。

現在130kgを超える体重で、20代にして糖尿病を患う妹のことを、私は「ラードちゃん」と呼んでいます。

太っていて、天然パーマで、メガネをかけていて、勉強はどんなに頑張っても下の中を維持するのが精一杯、父親に似てコミュニケーション能力が非常に低いというラードちゃんは、常にいじめられっことして生きてきました。

さらに、ラードちゃんには虚言癖がありました。誰の得にもならないウソをつきまくってまわりを混乱させ、ますますイジメがひどくなり、そんな状況で注目を引こうとまたウソをつくという、不幸この上ない負の連鎖によってイジメはひどくなる一方です。

ラードちゃんには不思議な嗅覚があり、心の隙間を絶妙についたウソをつくので、みんな何度でもだまされてしまうのです。

例えば、私が中学2年生の頃、ラードちゃんが、

「プール教室に山本さんが入ってきたよ。」

と言ってきました。山本さんは私が小学生の頃ずっと好きだった同級生です。別の中学に進んだ山本さんのその後が知りたくてたまらないちょうどのタイミングでした。

私がその話に食いつくと、プール教室での山本さんのことをラードちゃんは事細かに教えてくれます。大会での具体的な記録まですらすらと出てきます。

そして、人は時として自分からわざとダマされてしまうのです。

「今日は山本さんがお母さんと車で来てたよ。」

「あれ?山本さんのお母さんは病気で亡くなったはずだよ。」

「……。でも、お母さんって言ってたよ。」

「そうかぁ、お母さんが亡くなってもう4年くらい経つから、再婚したのかもね。仲良さそうだった?」

「うん。普通だったよ。」

「それは良かった。山本さんはずっと寂しそうだったからね。」

ウソに気づいてもよさそうなやり取りですが、心の隙間は正常な判断力を奪います。

そして、このチャンスを逃す手は無いと意を決して、私は山本さんに電話したのでした。

「もしもし、久しぶり。東です。」

「えーっ、本当に久しぶりだね。急にどうしたの?」

「いや、妹がお世話になっているみたいだからさ。」

「えっ?何のこと?」

「ほら、プールで。」

「プール???」

「……。いや、何でもない。元気にしてる?」

「うん、まぁね。」

「ならいいや、急にごめんね。バイバイ。」

あの、一瞬にして自分の愚かさがパァーッと目の前に広がった感覚、やられたぁーっという感覚は、ちょっと爽快ですらありました。

こんなことをそこら中でやらかすのです。

親戚の美人姉妹が思春期に入ってちょっとギクシャクしていたところに、ラードちゃんが

「お姉ちゃんのことを上のお姉ちゃんが”遊んでいる”って言ってたよ。何して”遊んでいる”の?」

なんて絶妙なウソを吹き込んで、美人姉妹の大ゲンカが始まったり、それはもう見事なだましっぷりでした。みんなラードちゃんの虚言癖を知り尽くしているにもかかわらずです。

最近、どう見てもブサイクに分類される女性が男をダマして、金どころか命まで奪うという事件が立て続けに起きています。あんなブスがどうやって男を手玉にとるのかと話題になっていますが、私は分かる気がします。

あの犯人たちは、ラードちゃんと同じような過程で同じような能力を身につけたのだと思うのです。すなわち、社会の一番隅っこに追いやられることで、むしろ社会全体がよく見渡せるようになって、じっと人間観察しているうちに、他人の心の隙間が透けて見えるようになったのです。

ラードちゃんの場合は、母親が辛抱強く愛し続け、その後、女子柔道という彼女の存在意義たりうるものと出会ったおかげで、今では短大を卒業して立派に仕事しています。

そして、結婚までしているのです。ラードちゃんが22歳の若さで結婚するという話を聞いて、親戚一同、心からびっくりしました。さらに、連れてきた旦那さんがとっても真面目なイイ方で、ラードちゃんが身につけた魔力は、当然、恋愛にも有効なのだなぁと感心したのでした。

人間の業を煮詰めていって魔力が生み出され、それが平和利用されるという、なかなかお目にかかれない過程を、すぐ横で見せてくれたラードちゃんのことを、私は妹ながら尊敬しています。

ただ、いくら業を煮詰めて形作られたラードちゃんとはいえ、「暴食」の業はさすがにどうにかしないと、糖尿病は本気でヤバいと思う今日この頃でした。

「007バカ旦那の野望」につづく)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月11日 (日)

しろくまちゃんのホットケーキをつくる

Hotcake
「しろくまちゃんのほっとけーき」の絵本を見ながらホットケーキを焼きました。自分が子どもの頃に楽しく読んでいた絵本を、子どもといっしょに楽しめるのは最高ですね。

こぐまちゃんえほんは今年で40周年だそうです。ちなみに、発行部数ベスト5は、

1位 しろくまちゃんのほっとけーき 214万部
2位 こぐまちゃんとどうぶつえん 88万部
3位 こぐまちゃんのみずあそび 87万部
4位 こぐまちゃんおはよう 70万部
5位 たんじょうびおめでとう 51万部

ということで、しろくまちゃんのほっとけーきが断トツ1位でした。絵本のとおりに作業していったらおいしいホットケーキが出来上がるというのは、まさに五感の全てを刺激されまくる楽しい体験です。

きょーちゃんも、途中まではとっても楽しそうにホットケーキを焼いていました。しかし、最後の最後、ホットケーキをひっくり返すところで、勢い余ってホットプレートの縁に手首がぶつかってヤケドしてしまったのでした……。

あわてて流水で30分ほど冷やしたところ小さな水ぶくれで済んで、その後は特に痛がったりしなくて良かったです。

蛇口の下できょーちゃんの手を支えているのに疲れた私が、氷で冷やすのに切り替えようとしたら妻から止められました。育児書によると、やけどを氷で冷やすのはNGなんだそうです。子どものケガの応急処置の基本は、日頃からちゃんと勉強しておいた方がいいですね。

Anpan
ヤケドが治まった後に、ホットケーキを食べました。きょーちゃんはさすがに怖がってしまって、追加のホットケーキは基本的にパパやママが焼くことに。ホットケーキでアンパンマンを作ったりして遊んでいたら、きょーちゃんのテンションも少しずつ回復してきて、次回こそはヤケドに気をつけてたくさんのホットケーキを焼こうという話になったのでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月12日 (月)

登園一日目

入園式の後そのまま出張だったので、入園式翌日・登園一日目の様子を今になってやっと聞くことが出来ました。

1ヶ月前の体験保育の時は、妻がきょーちゃんを残して教室から出た瞬間に泣き出してギブアップ。ところが、登園一日目は泣くことなく見事乗り切ったそうです。

通園バスで帰ってきたきょーちゃんは、一日の出来事を自分なりに説明する時に、

「バスに乗ってくるときに泣いちゃった子がいたよ。どうして泣いちゃったんだろうねぇ。変だねぇ。」

と、不思議がっているふりをしていたとのこと。分かっているくせにワザとらしい…。

体験保育の時に組の中でワースト2位の早さでギブアップしたのがよっぽど悔しかったらしく、それ以来

「きょーちゃんは今度から一人で幼稚園に行くんだもんね。バスに一人で乗って行くんだもんね。」

とことあるごとに自分に言い聞かせているきょーちゃんの姿を見て、これは並々ならぬ決意だと頼もしく思いながら見守っていたのでした。

その甲斐あって一日目を立派に乗り切ったきょーちゃんが持って帰ってきた連絡ノートには、先生からのメッセージがこう書かれていました。

「初日の今日は、少し表情がこわばっていました。時間をかけてゆっくりと不安を取り除いていきたいと思います。」

そして二日目の今日も、泣くことなく通園バスに乗り込んでいったところです。手を振って見送る妻を真顔でじっと見ながらバスに揺られていったとのこと。

頑張れきょーちゃん!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月13日 (火)

積み木でトンネルをつくる

積み木でトンネルをつくる
積み木とレゴを組み合わせた遊びです。

まずは、こんな感じの小芝居を。

ライオン「ゾウさん!ドライブに連れて行ってよ♪」

ゾウ「よしよし、どこに行こうか?」

ライオン「トンネルを車でくぐってみたいな。」

ゾウ「トンネルなんてどこにもないから困ったなぁ。」

きょーちゃん「よし!お父さん!トンネルつくろう!」

って流れで、レゴのゾウさんが乗った車がくぐれるトンネルを積み木で作るストーリーへ誘導。

トンネルの柱を積み木一つだけにすると、ゾウさんの頭がつっかえてしまうのがポイント。積み木をもう一つ足してやると、ちょうどいい高さになります。

トンネルが一つ出来たら、ライオンさんにもうちょっとわがままを言ってもらいましょう。

ゾウ「このトンネルは、きょーちゃんが作ってくれたからきょーちゃんトンネルという名前にしよう!きょーちゃんありがとう!」

ライオン「ゾウさんゾウさん、今度はトンネルを二つ続けてくぐりたい!」

ゾウ「でも、きょーちゃんトンネルは一つしか無いよ。」

きょーちゃん「よし!もう一つトンネルを作ろう!」

という流れで第二きょーちゃんトンネル着工。同じものをもう一つ作る作業は、試行錯誤しながら最初の一つを作る作業とは、また違う頭の使い方が必要になります。楽しくいろいろな形で頭を使える遊びです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月14日 (水)

目隠しプレイでおもちゃをもう一度楽しむ

目隠しプレイでおもちゃをもう一度楽しむ
三角、丸、四角、星といった形のブロックを、対応した形の穴に入れて遊ぶ定番おもちゃです。だいくんが遊ぶようになりました。まだまだ上手に入れることはできません。

それをきょーちゃんが軽々とやってみせて得意になる……ことも出来ないくらいに楽勝な様子を見ていて、子どもの成長の凄さをしみじみと感じました。きょーちゃんも昔は大苦戦していたのに。

そのままではつまらなそうなきょーちゃんに、目隠しプレイを提案。目隠ししたままでブロックの形を認識し、手探りで穴の形と位置を探り当て、入れるのです。

ただ、それでもきょーちゃんにとっては、もはや簡単すぎるおもちゃでした。目隠ししていても楽勝です。

きょーちゃんを楽しませるためには、この遊び方を思いつくのが遅すぎました。だいくんがノーマルプレイをクリアした時は、忘れずに目隠しプレイを試してみようと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月15日 (木)

幼稚園のおかげで早起きの日々

きょーちゃんが幼稚園に通い始めてから、すこぶる体調が良いです。幼稚園バスが朝8時に来るので、少なくとも7時には起きなきゃいけません。せっかくなので5時半に起きてたまった仕事を片付けたりしています。きょーちゃんを寝かしつけるため22時にはふとんに入るようにしているので、それだけ早く起きても一日元気に活動できるのです。

健康のためにも仕事の効率アップのためにも、早寝早起きを習慣づけるのがいいと分かってはいたのですが、どうしても出来なかった意志の弱い私です。でも、子どものためなら簡単に出来るものですね。人間って本当に不思議です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月16日 (金)

風呂の湯の増減に気付く

きょーちゃんの身長が伸びて、湯船に入る時に自分一人で座って入っていられるようになりました。

私のひざにのせて入れていた頃とは違って、きょーちゃんが一人で入っている間に私が体を洗えるようになったわけです。

私がきょーちゃんを残して湯船から出たときのことでした。

「あれ?今日はお湯が少ないねぇ。」

私が入っていない分だけお湯の量が減っていることに、きょーちゃんが気付いたのです。そういえば、私に抱かれて膝にのせられた状態では、お湯の増減に気付くタイミングがありません。

そこからひとしきり私が湯船の中で立ったり座ったりして、お湯の増減を楽しんだのでした。きょーちゃんも大喜びです。

子どもの不思議初体験に立ち会う瞬間というのは、じつに楽しいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月17日 (土)

007バカ旦那の野望

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

いよいよ高校三年生になった春、受験勉強に専念したいところだったのですが、そうもいかなくなりました。

母が配置転換になって夜遅くまで帰れない日が増え、私が夕食の支度をしなければいけなくなったのです。

私がいつものように夕食の後片づけを済ませ、自分の部屋で机に向かっていた時のことでした。

突然ふすまが開いて父が入ってきたのです。いつになく興奮しています。

「おい!大助!ついに征夷大将軍になったぞ!」

「信長の野望」というゲームの話でした。弟が福引きで当てた3DOというテレビゲーム機で、父は仕事から帰宅した後、延々と「信長の野望」をプレイするのが日課だったのです。家出をやらかした後、すぐに職場復帰はしたものの、相変わらず家事はしません。

「朝廷に金を贈るのがポイントでな!」

などと征夷大将軍になれた理由を熱く語ります。

「じゃあ、次は四国を平定してくるから。天下統一したら、次は龍造寺氏でプレイしてみたいんだよな。ほら、マイナーな武将から始めると難易度が上がってさ。」

「良かったね。頑張って。」

意気揚々と去っていく父の背中を、この人は本当に幸せな人だなぁと思いながら見送ったのでした。

そして、「信長の野望」がわが家に巻き起こした波乱は、これで終わりではなかったのです。

「008バカ旦那倒れる」につづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月18日 (日)

口を開けていた理由

Hanami
晴れていたのでお花見へ。

だいくんがよちよち歩き回って、転びそうになったらきょーちゃんがフォロー、その頭上には満開の桜という、いろんな意味で美しい風景を楽しむことが出来ました。

帰宅してから、撮影した写真をスライドショーで見ていると、きょーちゃんがあんぐり口を開けたマヌケな表情が写っていてみんな大笑い。

すると、きょーちゃんが一言、

「ちょうど、風を食べようとしてたのよ。」

なかなか詩人なきょーちゃんでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月19日 (月)

カワイの造形教室

カワイの造形教室
この前、きょーちゃんをカワイの造形教室の体験会に連れて行きました。幼稚園から案内が来ていたのです。

カワイのピアノを作るときに出てくる端材を工作の材料として使います。おもしろい形の端材がたくさんあって、それを木工用ボンドで貼り合わせて乗り物を作るというプログラムでした。

接着するのがとっても難しい形の端材を選んだきょーちゃんは、苦労しながらも何とか完成させていました。この形をイスとしてどうしても使いたかったんだそうです。

きょーちゃんが作業している間にパンフレットを読んでみると、Q and Aのコーナーに、

Q:親の私は表現力が無いので、子どもには豊かな表現力を身につけさせてあげたいのですが。

A:子どもの可能性は無限なのでうんたらかんたら……

みたいなことが書いてありました。

もうバカじゃなかろうかと。表現力が無いと悩むんだったら、子どもの心配をする前に自分が今から絵を習うなりデッサンの特訓をするなりして、まずは自分が身につけろってなもんです。

「無限の可能性」

なんて言葉を使って、自分自身の可能性を信じる分には大いにけっこうですが、子どもに勝手にそんな言葉を押しつけるのは、子どもにとってはとんだ迷惑でしかありません。

なるようにしかならない子どもの可能性を、絶対に邪魔しないように十分に発揮させてやることくらいしか、親には出来ないのです。

そして、一番大事なことは、「豊かな表現力」とやらがあろうとなかろうと、人間はいくらでも幸せになれるってことです。表現力不足で悩んでいるというQ and Aの方は、豊かな表現力があったら自分はもっと幸せなのになんて本気で思っているのでしょうか。

ちなみにきょーちゃんは、造形教室には通わないことにしました。とっても楽しそうにしていたのですが、まずは幼稚園に慣れるまでは幼稚園に専念させることにします。同じクラスの子もほとんど行かないようですし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月20日 (火)

早期教育は無意味だと考える根拠

自分自身が中高一環のいわゆる超進学校で6年間過ごす中で見た同級生達の姿が、早期教育は無意味であると私に確信させました。

早期教育は、言い換えれば子どもを限界まで早熟たらしめようという教育です。スタートダッシュを決めることを非常に重視するという考え方です。

しかし、中学入学時点でトップクラスの成績を誇っていた同級生のほとんどが、高校三年生になるころには見る影もありませんでした。

ただ単に伸び悩むだけならば大した問題ではありません。思っていたほどには器が大きくなかったというだけの話です。

しかし、中学入学時にトップクラス「だった」同級生の多くが、伸び悩んだとは言え十分な容量をそなえた自分の器を、自分自身の手でめちゃめちゃに破壊してしまったのです。

中高一貫校のトップクラスの顔ぶれは、6年間で残酷なくらいきれいに入れ替わってしまいます。最終的にトップクラスにいるのは、のんびりしていても中学受験くらいは何となく合格しちゃって、入学後何かのきっかけで本格的に勉強してみたらどんどん伸びちゃったというタイプがほとんどです。

一方で入学時にトップクラス「だった」顔ぶれは、二番手、三番手集団に後退する途中で何かが弾けたような状態になってしまって、一気に最下位グループまで転落してしまったり、場合によっては退学してしまった例のなんと多かったことか。

こうした自分自身の経験から、早期教育は無意味であるどころか、弊害の方が大きいと思うようになりました。

何より、能力の器を極限まで大きくすることは、人間が幸せになるための必要条件でも十分条件でもないことに、いいかげん気付くべきです。人間が幸せになるための必要十分条件は、ありのままの自分の器を自分自身が愛して大切に育て続けることです。

自分自身の能力不足や情けなさまで含めて、自分の業も含めて愛してやらなければ、人は幸せになれません。

そのためには、まずは親が我が子の業まで含めて愛してやらなければいけません。

一方で早期教育というのは、ありのままの子どもの器の現状を親が否定するところから始まるのが常です。とにかく急いで無理にでも大きく広げた理想的な器をこしらえることが目的なのですから、子どもに対して親は、

「あなたが持つべきは、私が考えるもっともっと素晴らしい器のはずだ」

と叱咤激励し続けてしまうのです。

そして、ある時、子どもは自分が持っている器のみすぼらしさに耐えられなくなるのです。実は全然みすぼらしくないのに。

そもそも教育のあり方で成長が変わるのならば、私を長男とする三兄弟は、全く同じ環境で育ってきたのですから、学力などの能力の成長の仕方に同じような傾向がありそうなものです。しかし、「業の深い人々」で書いている通り、我が三兄弟の学力や運動能力はそれぞれ似ても似つかないものになりました。そして、子どもの頃には想像しようのないそれぞれなりの幸せの形にたどり着きました。

子どもが備えるべき理想的な器を親が妄想したところで、結局はなるようにしかならないのです。なるようにしかならないのが「人間の業」であり、早期教育の段階でその子なりの幸せの形を親が決めてやることなんて不可能なのです。

センセーショナルに子どもの能力・脳力向上をうたう育児法に比べると、どうにも伝わらない私の考えですが、このブログでコツコツと発信し続けていきたいと思います。きょーちゃんやだいくんが幸せな同級生に恵まれる未来のために。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月21日 (水)

「七田式」や「水からの伝言」というニセ科学の分かりやすさ

「早期教育は無意味だと考える根拠」を昨日書いたところ、それなりのアクセスがありました。

東大卒弁護士パパのゆるゆる育児(教育?)日記「早期教育効果は小学生で消える」

東大卒弁護士パパさんも同じような考えで早期教育と向き合っているようです。上のブログからリンクされている雑誌の記事では、研究者の意見として早期教育の効果に疑問を呈しています。

ただ、こうした意見はなかなか世の中に浸透しません。

一方で、「七田式」や「水からの伝言」のように右脳がどうのこうのとか、波動がどうのこうのといったニセ科学はあっという間に世の中に浸透してしまいます。

ニセ科学はとにかく分かりやすいですし、良いものと悪いものとをくっきりはっきり分けてくれるので、教える方も方向性が分かりやすくて楽です。

でも、世の中本当は、何でも程度問題で、そんなに白黒ハッキリとする物事なんてほとんど無いのです。

それこそ、七田式にも、子どもが楽しく曲芸を覚えるとか、それなりのメリットがあるわけです。だけど、それで子どもがスーパーマンに育つと思わせるのはおかしいわけです。程度問題です。

私が語る「人間の業」なんて、それこそ程度問題そのものなので、分かりやすい物言いにしか興味がない人にとっては、ワケの分からないことをうだうだ言っているようにしか聞こえないことと思います。

でも、現実社会は白黒つかないことだらけです。現実社会をたくましく生き抜く子どもに育てるためには、ワケの分からない程度問題を軽やかにクリアしていくためのバランス感覚を身につけさせるしかありません。そのためには、親も一緒になって白黒つけがたい程度問題を一つ一つ悩んでいくのが一番です。

親が、分かりやすい安っぽい物言いを信じ込んで思考停止しているようではダメだろ!と思うのですが、私を含めて誰もが安易な方向へ流れてゆくのが世の常なので……。難しい問題です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月22日 (木)

家庭訪問とオムツと尿漏れ

きょーちゃんの幼稚園の家庭訪問がありました。

「きょーちゃんは、自分を持っている子ですね。」と言われたそうです。幼稚園でもマイペースなようです。とにかく自分が納得しないとテコでも動かないきょーちゃんです。

我が家から幼稚園側に相談したのは、オムツがいまだにとれないこと。だいくんが生まれるまではいいペースでトイレトレーニングが進んでいたのですが、赤ちゃんがえりしてからはトイレで出来ないことがけっこう増えてしまいました。

私自身は小学校高学年までおねしょが治らない子でした。弟や妹も同様だったので、小便関係の制御が苦手な家系なのかもと思ってみたり。

今のところきょーちゃんは紙オムツを履いて通園しています。帰ってきたらパンツにお着替え。先生に聞いてみると、まだオムツなのはクラスに4人しかいないとのこと。たしか20人くらいのクラスなので、2割ってところでしょうか。

先生によると、きょーちゃんは持ち前のマイペースぶりを発揮して、みんなで歌っている最中でもふらりとトイレに行ってしまうとのこと。

尿意を先生に言い出せないかもなんて心配していたのですが、それなら大丈夫だろうということで、明日からはパンツで通園させてみようと夫婦で話し合ったのでした。

まぁ、おしっこのコントロールがうまく出来ないくらいで悩みすぎない方がいいです。私なんて30過ぎてからは尿漏れが心配になってきたわけで、あんなもん自在にコントロールできない時間の方が人生の中で長いのですから。そういえばオヤジのブリーフも黄ばんでいたなぁ……。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月24日 (土)

008バカ旦那倒れる

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

いよいよ受験生が正念場を迎える夏、いつものように部屋で勉強していると、廊下から父のうめき声が聞こえてきました。

「うー、もうダメだ。」

そして、ドタンと人が倒れる音。

あまりにもわざとらしいコントみたいなセリフだなぁと思いながら廊下に出てみると、風呂上がりの父が全裸で倒れていました。

「どうしたの!?」

「こ、腰が……、しびれて、う、動かない……。」

とりあえず命に関わる感じでは無さそうなものの、すぐに病院に連れていった方が良さそうです。救急車を呼ぶほどでは無いという判断をして、私が背負って近所の救急病院に連れていくことになったのでした。

夏とはいえ全裸のまま連れていくわけにもいかないので、服を着せなければいけません。

父愛用のゆるゆるのブリーフを履かせようとすると、父のチンコをまじまじと見ることになります。

あれ!?俺のチンコ?

と思うくらいに自分のチンコにそっくりで、遺伝子の偉大さに感心しながらブリーフを履かせたのを覚えています。非常時に皮の中に避難するところまでそっくりでした。

そんなこんなで服を着せ、片道10分くらいの道のりを父を背負って歩きます。すると、私の背中で父は

「あー、だいぶ楽になってきた。楽になってきた。」

と何度もつぶやきます。

ちょっと大げさに騒ぎすぎたもんだから、それとなくハードルを下げているんだろうなぁと思いながら、黙って病院へ急ぎました。熱が37度を超えると死にそうな顔をして仕事を休むような、怪我や病気にやたら弱い父でした。

病院へ着くと、父はいつの間にかすっかり元気になっていました。なまじ医療関係の仕事をしているものだから、専門用語を交えながら嬉しそうに自分の症状を説明し始めます。

診断結果は椎間板ヘルニアでした。

明らかに「信長の野望」のやりすぎが原因でした。

父のプレイスタイルは、畳に布団を敷いてある両親の寝室で、布団の上にあぐらをかいてコントローラーを握り、眠くなるまで延々とやって、そのまま寝るというものでした。そんな姿勢を毎日毎日長時間していたら、腰が悲鳴をあげるに決まっています。

帰り道、父は普通に自分の足で歩いていました。真夏の夜の道を家族そろって歩いているという非日常が楽しくて、すっかり夕涼みモードです。

そう言えば受験の時にプレッシャーをこれっぽっちも感じなかったのは、肩肘張らずに自由に生きて、こんなに幸せそうな父を見ていたからかもしれないなぁと思ってみたり。

なんていい話で終わるわけもなく、「信長の野望」は更なる波乱をもたらしたのでした。

「009懲りないバカ旦那」につづく)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月25日 (日)

大好きって子どもに言わないで!

「大好きって、いちいち子どもに言わないで!」

妻がキレて私に言ってきました。私が

「きょーちゃん!だーい好き!だーい好き!」

と事あるごとに連呼してほっぺすりすりしているのがダメだと言うのです。

「え!?何で!?親からいつも無条件で愛されているんだって思えることが、子どもにとっては一番大事なんだよ!
だから、何回も好きって言うのは良いことだと思ってやっているんだけど。」

「じゃあ、あなたは両親から大好きって連呼されて育てられたわけ?」

「いや、そうじゃないけど。」

「じゃあ、親から愛されている実感がなかったの?」

「いや、兄弟みんな親の愛をひしひしと感じていたよ。」

「じゃあ、大好きなんてやたらと言わなくて良いじゃない。」

「ほら、そこは欧米な感じでさ……。」

「あなたがそれをやりだしてからきょーちゃんがおかしいのよ!ワガママを聞いてもらえないときに『お母さんなんて好きじゃないよ!大嫌いだ!』ってやたらと言うようになったのは、それのせいだと思うんだけど!」

「たしかに、叱りつけた後に、『お父さんのこと大嫌いなんだからね!』ってやたらと言われるようになった……。」

「もう、むやみに大好きを連発するのはやめて!」

「ハイ、ごめん……。」

ってなことになったのでした。

子どもに大好きをむやみに使っていると、大好きの価値が下がるだけでなく、大嫌いを使うハードルも下がってしまうんですね。

欧米の家族がI LOVE YOUを連発しているイメージを安易に実行してしまって大失敗でした。大好きって気持ちは、そんな安易な言葉の連発で表現するのではなくて、日々の行動で積み重ねてこそのものなのかもしれません。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2010年4月26日 (月)

ココロポットは早すぎたかも

初のお弁当デーということで、妻のSOSメールでお義母さんが召還されました。

そういえばエジソンのお箸の専用携帯ケースを買い忘れていたとトイザらスへ行ったそうです。そして、新発売されたばかりのハートキャッチプリキュアココロポットをきょーちゃんが発見。お義母さんにねだって買ってもらっていました。

私が深夜に帰宅していじってみると、液晶画面に表示されるシプレとコフレが眠っていて何もできません。夜9時から朝7時まで設定画面以外は一切操作できなくなる仕様なんだそうです。

CMを見るたびに欲しがっていたきょーちゃんですが、ココロポットの画面に表示されるひらがなやカタカナが読めずに困っていました。

時間がある時に基本的な操作を教えてあげようと思いますが、きょーちゃんが自分でひらがなやカタカナをある程度覚えないとまともに遊べないことに変わりありません。

たまごっち的なお世話おもちゃなので、定期的にピーピー音がして操作を要求してきてうるさいです。ちょっときょーちゃんには早すぎたかもしれません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月27日 (火)

初めて園を欠席

仕事が死ぬほど忙しくて、徹夜明けに風呂に入るためだけに帰宅。ちょうどきょーちゃんが起きて園に向かう支度を始めるところだったものの、様子がおかしい。きょーちゃんが大好きなイチゴを風呂上がりの私が食べていてもまったく反応しません。

熱を測ってみたところ37度8分。園を欠席することが決定。初の欠席です。

初めてのお弁当デー、初めての午後まで保育デーを昨日乗り越えたばかりでした。

お弁当も全部食べて帰ってきて、午後まで保育に順調に移行できたと思ったのですが……。

ぐったりして再び眠りについたきょーちゃんが気になりつつも、私は再び出勤、そして徹夜二日目に突入しようというところ。

この春は試練が続きます。家族みんなで力を合わせて乗り切りたいところです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月28日 (水)

久しぶりに気兼ねしないでかわいがる

ほぼ徹夜三日目に突入する前に、一時帰宅して入浴。さすがに疲れた精神を癒してくれたのがだいくんでした。

きょーちゃんは昨日の熱が下がって幼稚園に行っていたので、久しぶりにきょーちゃんに気兼ねすることなくだいくんを思いっきりかわいがることが出来たのです。

まだまだあぶなっかしい体重移動を、むしろ楽しむような様子でにこにことことこ歩いてきます。その様子だけでもかわいくてたまらない上に、「はい、どうぞ」ブームの真っ最中で、色々なものをつかみあげて私に渡してくれます。

だいくんと30分くらい触れあっただけで力が湧いてきて、ほぼ徹夜四日目突入楽勝!

とも思ったのですが、さすがに無理し過ぎなので、今日は日付が変わる前に帰ることにします。

だいくんのかわいさを満喫しながら気づいたのが、自分が普段いかにきょーちゃんに気を使ってだいくんと接しているかでした。

二歳差兄弟はなかなか難しいですね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年4月29日 (木)

ココロの種はうんちじゃないよ

きょーちゃんがいつの間にかハートキャッチプリキュアのココロポットを使いこなせるようになっていてびっくりしました。

液晶画面に表示される文字を読めるようになったのではなくて、表示される絵柄や、何種類もあるココロの種についてすっかり覚えて込んでしまったのでした。

「きょーちゃん、ココロポットの中の人がキャンディー欲しいとか言ってるよ。」

「キャンディーを出すときは紫のココロの種なんだよ。」

「これのこと?」

「それは濃い赤。」

「こっちかな?」

「それは薄いピンク」

「これ?」

「うん、そう。」

って感じです。きょーちゃんが持っているココロの種はやたらと赤系の色が多くて、かなり似通った色のものが多いのですが、微妙な色の違いを冷静にきちんと言葉で表現出来ていたのにはびっくりしました。

このココロの種は、戦いが終わった後に妖精が

「プリプリプリリーン♪」

と言いながらおしりから排出するという設定です。

私の中のいたずら心を押さえきれずに、

「ココロの種ってうんちなんじゃないの?」

ときょーちゃんに聞いてみたところ、

「ココロの種はうんちじゃないよ。ココロの種はココロの種でしょ。」

とめちゃめちゃ冷静に返されて、30過ぎてウンコネタ大好きな自分を恥じたのでした。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2010年4月30日 (金)

みんなが敵に見える!

みんなが敵に見える!
きょーちゃんが帰ってきて、

「おっきい写真もらってきたの!」

とハイテンションでカバンを開けました。入園式の集合写真が現像されてきたのです。

子どもたちを寝かしつけた後、夫婦で写真を眺め、このお父さんが感じよかったとか、このお母さんはやたら友達が多そうだったとか印象を語り合います。

他のママさん達は、乳児特別教室みたいな感じで事前にすっかり仲良くなっていて、引っ越してきたわが家は完全に乗り遅れてしまっている感じです。

妻は

「みんなが敵に見える……」

とつぶやいていました。

女の人は大変です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2010年3月 | トップページ | 2010年5月 »

 

HOME どんなブログ? 反響の大きかった記事 メール RSS

Copyright 2011 Daisuke Azuma All Rights Reserved.