Motherを見て虐待について考える
ドラマの「Mother」を夫婦で見て泣いていました。
虐待をしていたお母さんにも感情移入できたのが良かったです。
母親という仕事の大変さが、人間の心を疲れ果てさせて、ふらふらと道を踏み外させてしまいかねないことは、妻の様子を見ていると分かります。
きっと、母親という仕事は、多かれ少なかれ周りの助けがあってこそ成立するものなんだろうなぁと思います。
じゃあ、虐待の疑いや、その寸前の状況に気付いてしまったときに、家族の外側にいる周りの人に何が出来るかというと難しいですが…。
ただ、こういう態度だけはありえないなぁと思ったのが、高知に住んでいた頃に見かけた「ありがとうマンダラ」とかいうものを作っている人たちです。
「ありがとう」という文字をびっしり書いて絵を浮かび上がらせる、私は生理的に受け付けないタイプのアートとやらが展示されているのを見て、これは何だろうと思って調べて、ゲンナリする文章を見てしまったのでした。
http://www1.ocn.ne.jp/~takeyosi/mandala/mama.html
【 追 悼 】2008年2月4日に亡くなった「藤岡和輝くん」も「ありがとうのあじさい」の制作者の一人で、このマンダラアートは葬儀の時にも飾られ、5年生みんなのありがとうの思いにつつまれ天国に召されたことをお伝えいたします。
藤岡和輝くんというのは、高知県南国市で起きてしまった虐待事件の犠牲者です。
身近に虐待があって自分に出来ることがあるのかは、私も悩ましいです。しかし、何も出来なかった自分たちを責めるのではなく、自分たちが良いことをしたぐらいの書きっぷりには違和感ありまくりです。
「虐待してくれてありがとう」とでも親に言えば解決するのでしょうか?
心の持ちようが大切なことは間違いないですが、心の持ちようだけでは絶対に解決しないことにまで同じ理屈を持ち込もうとすると大変な悲劇を生みます。
そういう意味でも、虐待の問題はきれいごとだけでは解決しないという壮絶な現実をきっちり描いていたMotherは良いドラマだったなぁと思います。
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