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2010年8月の25件の記事

2010年8月 1日 (日)

プリキュア!手を打ち鳴らそう!

Puricure
ハートキャッチプリキュアのエンディングテーマが、今日放送の第25話から新しくなりました。プリキュア大好ききょーちゃんは、妻の実家で楽しく見たことでしょう。

新しいエンディング曲「Tomorrow Song ~あしたのうた~」は、ゴスペル風の手拍子が印象的な曲でした。

手拍子っていいですよね( ^ω^ )

ハートキャッチプリキュアには、手でパンッ♪と叩くアクションが多く取り入れられています。

前のエンディングテーマ「ハートキャッチ☆パラダイス」では、おしりを手でペンペンする振り付けが印象的でした。

プリキュアの変身シーンの中でも、腰のココロパフュームをパンッ♪と叩くとカバーがかかる描写が重要なアクセントになっています。

こうした演出は、「おジャ魔女どれみ」で特に多く使われていました。おジャ魔女の変身アイテムがカスタネットだったので、それはもう色んな場面でパンッ♪と叩きまくりだったのです。

このパンッ♪が軽快で妙に楽しいんです!きょーちゃんはBS朝日で再放送していたおジャ魔女どれみを見て、一発でこのパンッ♪の虜になっていました。

そんなどれみのスタッフだったメンバーがハートキャッチの中心メンバーとなったので、パンッ♪の楽しさが再びフィーチャーされているのだと思われます。

そんなことを考えると、

幸せなら手を叩こう
If you're happy and you know it, clap your hands.

の歌を考えた人って天才だよなぁと思います。

 

人は手を叩くと幸せになるのか、幸せだから手を叩くのか。

たぶん、両方が正しいのです。

だから、色々と難しいことがあったら、とりあえず、子どもと一緒に元気に手を打ち鳴らすのがいいと思います。

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2010年8月 2日 (月)

虐待死の理由はホストクラブじゃないよ

大阪で、二人の子どもが母親から育児放棄されて亡くなってしまいました。きょーちゃん、だいくんと同い年の二人です。

子どもを放置した母親がホストクラブに入り浸る風俗嬢だったことが分かり、事件の語られ方として、

「ホスト狂いのモンスターが引き起こした」

という方向性になりつつあります。

自分達とは全く異質な人間が引き起こした異常な事件だと結論づけて、安心しようとしてしまっています。

でも、違うんです。

私たちと地続きの存在、私たちと同じ人間が起こしてしまった事件なのです。

「明日は我が身」とは言わないまでも、そう遠くない未来の我が身かもしれないのです。

 

虐待死の理由はホストクラブじゃないんです。

虐待死の理由は孤独な育児の厳しさなのです。

子ども達を殺してしまった母親をかばうわけではありません。でも、育児のあまりの大変さに、子どもを疎ましく思った経験は、ほとんどの親が持っているのです。

ほんのちょっとしたボタンの掛け違いが、ありふれた状況を、一気に地獄の底へと叩き込んでしまいます。

 

今、私の手にたまたま握られている幸運が、明日もあるとは限りません。

もし、この幸運が私の手から飛び去ってしまう日が来たときに、私は子ども達に、それまでと同じように優しくあることができるでしょうか。

私には、その自信がありません。もちろん死ぬ気で頑張りますが、人間はそんなに強く出来ていません。

 

そして、人間は、のど元過ぎれば熱さを忘れる生き物です。子どもを育て上げた未来の私は、「育児なんて簡単だよ」と平気な顔をしてうそぶいているかもしれません。

幸運の連続のおかげでうまくいった自分の育児を、数々の不運をくぐり抜けて成し遂げたように語っているに違いありません。

そんな未来の私の言葉に、追いつめられる子育て世代がいるかもしれません。

 

そんな弱さも、傲慢さも、すべてが人間の業です。

自分の業も、周りの人の業も、間違いなく存在するのだという前提で生きていくことが、まずは大切だと思うのです。

 

追い込まれたママさんが、涙が枯れ果てる前の段階で、

「ギブ!ギブ!ギブ!もうマジ無理です!ちょっと助けて!」

とSOSを発することが出来る世の中にしなきゃと思うのです。

そこを通り越して、瞳孔の開ききった目で、

「もう!どうにでもなぁれ♪」

と笑い出すところまで追い込まれちゃったら、そりゃあ誰でもモンスターになりますから。

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2010年8月 3日 (火)

ライオンが死んだ

Lion1
5月に家族で見にいったライオンが、7月28日に死んだというニュースを見ました。23歳4ヶ月で、人間にすると100歳を越える年齢だったそうです。

Lion2
5月に見に行った時には、エサやりの様子が公開されていたのですが、肉にほとんど口をつけませんでした。それどころか、歩くときにあからさまによろよろしていたのです。

一般的なライオンのイメージとあまりにも違うために、きょーちゃんに何と説明したものか悩ましかったことを思い出します。

次に動物園に行ったときに、ライオンの死を、きょーちゃんにどう説明したものか、今から考えているところです。

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2010年8月 4日 (水)

プリキュアミュージカルを鑑賞

きょーちゃんがハートキャッチプリキュアのミュージカルショーを鑑賞してきたと、実家の妻から報告がありました。ステージからの呼びかけに応じていっしょに歌って踊ったそうです。その手の呼びかけがあると、きょーちゃんは何故か固まってしまうことが多かったのですが、今回はちゃんと一緒に踊れたそうです。

プリキュアミュージカルと聞くと、5年前に妻と高知で見た「ふたりはプリキュア Max Heart」ステージを思い出して、当時の写真を引っぱり出してきました。

Musical1

Musical2

こういうタイプの着ぐるみを見るのが初めてだったので、めちゃめちゃびっくりしたのを覚えています。

高知には朝日系のテレビ局が無いので、プリキュアを普通には見られないはずなのですが、会場をたくさんの子ども達が埋め尽くしていて、プリキュアのパワーにびっくりしたものです。

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2010年8月 5日 (木)

子ども達の笑顔を見るためのこだわり

子ども達の笑顔を見るためのこだわり
私が昨日買ってきたマンガ雑誌です。少年マガジン、少年サンデー、りぼん、なかよし、ちゃお、コロコロコミックの6冊。

少年マガジン、少年サンデーは、普通に自分で読むためのもの。りぼん、なかよし、ちゃお、コロコロコミックは、私がやっているボランティアのための資料です。どちらにしろ、すべて私が読みます。

マンガ好きな子ども達の為に、マンガに関するクイズの大会を開催していて、その問題を考えるための資料です。

最初は少年ジャンプなど普通に自分達が読んでいる漫画雑誌から出題していました。しかし、小学生だと、アニメ化されて放送中のワンピースやNARUTO以外は全く分からない子がほとんどで、クイズ大会として成立しないことが第1回大会で分かりました。

そこで、マンガ好きの小学生が読むマンガをリサーチしてみたところ、男の子はコロコロコミック、女の子はちゃおとなかよしが基本だと分かったのです。自分の子ども時代を振り返ってみると、そういえばジャンプデビューは高学年になってからでした。

以来、年に一度のマンガクイズ大会が近づくと、児童向けマンガ雑誌を3ヶ月分くらい自腹で買って、きちんと全部読み込んで、マンガを読んでいるよい子だけが答えられる問題を必死で何十問も考えるのです。

ちなみに、小学生は男の子と女の子で読んでいるマンガの文化が全く違うので、ボーイズ問題とガールズ問題を分けてつくって、回答する子どもが自分で選べるようにしてあります。

例えば、去年私がつくったボーイズ問題だと、

四択問題:「ぼくはガリレオ」で神様学校に侵入した悪魔学校の生徒の名前は?

A ゴーギャン
B ミケランジェロ
C ドラクロア
D ダヴィンチ

ってな感じです。

試しに近くの小学生男子に出題してみてください。コロコロを読んでいる子なら、簡単に答えてくれると思います。答えはDのダヴィンチです。

ガールズ問題だと、

四択問題:「くるるんっ☆りえるチェンジ」で春日りえるが変身に使う道具は?

A ペペルトポロン
B クルリンコール
C くるるんハートタッチ
D くるるぎすざく

みたいな感じで、もしそのマンガを知らなくても、その他の選択肢が他の有名マンガのキーワードなので、消去法で答えられるみたいな工夫もしています。答えはCのくるるんハートタッチです。

こうした問題を出すと、子どもは自信満々で答えます。まわりで見ている大人が手も足も出ない問題に、子ども達だけが軽々と答えられるのです。こんなに痛快なことがあるでしょうか!?

そして、このマンガクイズ大会の日ばかりは、クラスで目立たないようなマンガ好きの子どもが、ヒーロー、ヒロインとして光り輝くのです。その時の子ども達の誇らしげな顔ときたら!

マンガも子どもも大好きな私は、このイベントが楽しくてたまらないのです。

ただし、そんな子ども達の笑顔を見るために、私は凄まじいコストを支払うわけです。マンガ雑誌を買うお金は大したことないのですが、それを全部読み込んで問題をつくる手間ときたら大変です。

特に今年は、去年までは読んでいない子が多いことで出題範囲から除外していたりぼんから、久しぶりに夢色パティシエールというアニメ化作品が出てきたので、出題範囲に含めないわけにはいかなくなってしまったのです。

矢沢あいが看板作家だったりぼん黄金時代を知っている私からすると、りぼんの復権はうれしいものの、作業量が増えて大変だなぁという思いも…。

マンガ大好きな私も、さすがに児童マンガは、心から楽しんで読めるわけではないのです。

ここで、休刊中の男の子向け漫画雑誌コミックボンボンが復活してしまうと、さすがの私もパンクしてしまいます(笑)。

とにかく、子どもを本気で楽しませるためには、大人も本気で準備しなきゃいけません。子どもだましなイベントは、子どもからあっという間に見破られてしまいます。

さぁ!今年の問題も頑張って作るとしよう!

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2010年8月 6日 (金)

きょーちゃんが手をつながなかったワケ

掃除をしていたら、あるものが出てきました。それが我が家にやってきた時のお話です。

2ヶ月ほど前のことでした。幼稚園からの帰り道、同じところで幼稚園バスを降りる一つ年上の男の子が、きょーちゃんに言ったそうです。

「ねぇねぇ!手をつなごうよ!」

ところが、きょーちゃんは、ぎゅっとこぶしを握ったままで、男の子がさしだした手を握ろうとしなかったのでした。

男の子のお母さんがフォローに入ります。

「ほら、きょーちゃん嫌がっているから、やめなさい。ごめんねー、東さん。」

「いやいや、きょーこ、ちょっと照れているだけだから、大丈夫ですよー。」

そんな感じで妻は答えたそうです。実際、その男の子は、きょーちゃんにとってご近所で初めてのお友達で、きょーちゃんはその男の子と遊ぶのが大好きなのです。

でも、結局、きょーちゃんは手をつながないまま家に帰り着きました。

玄関で、きょーちゃんは、握ったこぶしを妻にさしだしたそうです。

きょーちゃんがこぶしを開くと、そこには石ころが握られていました。

幼稚園で見つけたカワイイ石を、きょーちゃんは何としても持って帰りたかったのだそうです。

今日、掃除をしていたら、その時にきょーちゃんが握りしめていた石が出てきたのです。

改めて見てみると、たしかにそれは、丸くて、滑らかで、ちょっとカワイイ石でした。

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2010年8月 7日 (土)

ハッピーセット買いまくり

ハッピーセット買いまくり
妻から送られてきた写真です。

今、マクドナルドのハッピーセットのおまけがハートキャッチプリキュアということで、何かというとマックで食べているようです。

添加物がなんだとマックを避ける方も多いし、それが正しいと思いますが、まぁ、いいんじゃないですか。おいしいし。

あまり頑張りすぎないことが、子育ての最大のコツだと思います。

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2010年8月 8日 (日)

ウォーキング・ウィズ・ダイナソーへ

ウォーキングウィズダイナソーへ
妻がきょーちゃんを連れてウォーキング・ウィズ・ダイナソーへ。私は仕事で行っていません。

ちょっと遠めのA席。

かなり早い段階で行こうと決めていたので、良い席を取るのも可能だったのですが、きょーちゃんが怖がりそうだということで、敢えて真ん中あたりの席をチョイス。

Walking with Dinosaursと英語で検索すると、外国の方のレビューがいっぱいヒットして、リアル過ぎて子どもが怖がったという声がけっこう多かったのです。

あと、VIP席S席高いしw

妻と、私の代わりに行ってくれた妻のお兄さんはとても楽しかったそうです。恐竜好きのお兄さんは特に大興奮。

きょーちゃんは若干飽き気味だったものの、席のチョイスが良かったので、怖がることはなかったとのこと。もっと大きい子どもだったら、近くで見るのが絶対オススメだそうです。

私も行きたかったなぁー。

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2010年8月 9日 (月)

ヤンキーとファンシー

Yankieejitensya
近所のショッピングセンターの前でヤンキー仕様のママチャリを見かけました。いわゆるカマキリハンドルにカスタマイズしてあったのです。

カマキリ自転車が三台並んでいたのを見て、日本はヤンキーとファンシーで7割方できているという事実を改めて実感しました。赤い後方反射板にはキティーちゃんのシールが貼ってあって、ヤンキーとファンシーの両方を兼ね備えた、見事に日本社会を象徴する自転車でした。

実は、私が妻を好きになった理由の一つに、妻からほのかにヤンキーとファンシーの香りが漂っていたからというのがあります。好きな車として真っ先にシーマをあげるなど、妻はなかなかのヤンキー趣味です。デコ電を喜ぶあたりはファンシー趣味ですし。

東大生に圧倒的に足りない成分が、ヤンキーとファンシーだと私は自覚していて、そのあたりの成分を適度に取り入れておいた方がいいと思っていたのでした。日本のマジョリティーを支配している価値観なわけですから。

東大と並んで、パソコンの世界もヤンキーとファンシーの存在感が極端に薄い特殊な環境であることを、きちんと認識しておいた方がいいです。パソコンの世界に馴染み過ぎると、ヤンキーとファンシーの力をついつい過小評価してしまいます。現実世界においては、ヤンキーとファンシーの方が圧倒的なマジョリティーです。

(ちなみに、ヤンキーな人やファンシーな人にとっては、インターネット=携帯電話です。)

子どもにも、ヤンキーとファンシーの成分を適度に混ぜておくことが、子どもがこれから楽しく生きていくために、とても重要だと思います。

少なくとも、変にお高くとまって、子どもをヤンキーやファンシーの要素から隔離するようなことは止めておいた方がいいです。

これからの30年は「地域社会の復権」がキーワードになると私は予測しています。そして、特に地域社会において、ヤンキーとファンシーは非常に重要な要素なのです。ヤンキーとファンシーは、終わり無き日常が延々と繰り返される地域社会の日々で退屈しないために作り上げられた、考え抜かれた価値体系なのです。

そこを全否定してしまうと、これからの時代は生きるのが非常にしんどいと思いますよ。

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2010年8月10日 (火)

思わず目を疑う色彩の不思議

夏休み特別企画で、おもしろい実験を。

園児には、ちょっと難しいかもしれません。小学生なら楽勝です。きょーちゃんは妻の実家に帰省中で、まだ試していません。また、携帯電話では体験できません。ごめんなさい。パソコンからどうぞ。

では、いきましょう!

下に白黒写真があります。パッと見ただけでは、リンゴなのかナシなのか分かりません。

カーソルを写真にあわせると、変な色の写真になります。カーソルを写真から外すと白黒写真に戻ります。

では、変な色にした状態で、写真中央の黒丸をじっと見つめて下さい。そのまま30まで数えます。目線をそらさないことが重要で、まばたきを我慢する必要はありません。数え終わったら、黒丸を見つめたまま白黒写真に戻すと…?

 

 

リンゴかナシか分かりましたよね?

そう、白黒写真がカラー写真に見えるのです。

でも、視線を動かしたり、まばたきをした瞬間に、元の白黒写真に戻ってしまいます。

これは、補色という原理から生まれる不思議な現象です。この写真が特別というわけではなく、基本的にはどんな写真でも同じ現象をたのしむことができます。

もうひとつ用意したので、同じように試してみてください。

着物の女性の帯の色が分かりましたよね?

ある色をじっと見つめた後に別のものを見ると、その色とは対極にあたる色が残像として見えるように人間の目はできています。目を休めるためではないかと言われています。

例えば、赤と水色がそのような関係になります。このような関係の色を補色と言います。どんな色にも補色があります。青と黄色も補色の関係です。

つまり、上で紹介した変な色の写真は、すべての色を補色に変換した写真だったというわけです。

補色に変換された写真の色を確認してみましょう。青がナシの実の黄色を、水色が着物の帯の赤をあなたの目から補色の残像としてひき出したのです。

このような補色の原理は、ドイツの文豪ゲーテが発見しました。あの「ファウスト」や「若きウェルテルの悩み」を書いたゲーテは、科学者でもあったのです。

補色の原理は、様々な場面で生かされています。

その昔、手術を行う際に外科医は白衣を身につけていました。手術室の壁も真っ白でした。清潔を保つのに一番便利だからです。

ところが、真っ赤な血を長時間凝視した後に白衣や白い壁に視線をやると、そこに青緑色の残像が見えて手術の妨げになるという苦情が相次ぎました。そこで、残像が気にならないように青や緑の色をした手術着と手術室が使われるようになったのです。

高速道路の標識が緑色なのも、運転手が赤いテールランプばかりを見るからです。

また、補色同士はお互いを引き立て合う効果があると言われていて、カラーコーディネートの考え方の基本になっています。

科学って本当におもしろいですよね。

この実験をすると、妙に感動して何かコメントしたくなることと思います。この機会に、ぜひ気軽にコメントを残してみてください。悩み相談なども受け付けています。

また、帰省した時の暇潰しに、この実験を親戚で楽しんでみてください。ついでに、育児中の親戚の方に、このブログをオススメしていただけると幸いです。

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2010年8月11日 (水)

早期英語教育がアホらしい理由

早期英才教育の類を基本的に否定している私は、外国語の早期教育も否定しています。

「学ぶ理由」が無いものは、身に付かないからです。

小学校低学年くらいまでの子どもにとって、何かを学ぶことは、生活の中で何かが出来るようになることです。お買い物の計算が出来るようになったり、本を自分で読めるようになったり、時計を読めるようになったり、大人とより高度な会話が出来るようになったり。

でも、外国語がちょいとばかし出来るようになったところで、普段の生活は何一つ変わりません。

生活を分かりやすく変えてくれる算数や国語の習得に大忙しな子ども達の時間を、当面は何の役にも立たない外国語の勉強のために浪費させるなんて、子どもがかわいそうです。

更なる弊害もあります。

母国語を学ぶことを自転車の練習に、外国語の勉強を自動車運転の練習に例えると、早期英語教育の愚かさがよく分かります。

子ども達は一生懸命に自転車の練習をして、どんどん遠くの友達のところに遊びに行けるように、つまり、多くの友達と母国語でスムーズに意志疎通が出来るようになっていきます。

自転車の扱いが上達してくると、細い裏道にもどんどん入っていけるようになっていきます。むしろ、そんな裏道に入っていく冒険を楽しむようになります。つまり、友達の心の奥深くの繊細なところまで入り込んでいけるようになり、そんな深い心の交流の楽しさに目覚めていきます。

一方で、自転車なんて狭い範囲にしか行けない乗り物の練習はそこそこでいいから、子どものうちから車の運転の練習をさせておいた方が将来のためになると言い出す親が出てくるわけです。

ところが、子どものうちの用事なんて自転車で行ける狭い範囲にしか無いのですから、子どもには車の運転の練習をさせられる意味が分かりません。

まぁ、出来ないことが出来るようになるのは楽しいです。アクセルの踏み込みが滑らかでスムーズな発進が出来たとかで親も誉めてくれます。LとRの発音が上手なのは早期教育の賜物だとか言って、目を細めるわけです。

でも、いつまで経っても教習所の中をぐるぐる回っているだけなので、おもしろくも何ともありません。

ちょっと高度なことをやってみようということで、クランクを通り抜ける練習などもやるわけですが、横には教習所の教官が付きっきりで、「もうちょっと早めにハンドルをきった方が良かったね」などといちいちアドバイスしてくるのは、やっぱり鬱陶しいわけで…。

せっかくだから、親が横について公道に出てみようということになっても、車の運転技術の必要性を熱く語る親が、自分は運転できないから無理だとか言い出す始末だったり…。

そもそも、車だと自転車のように裏道に入っていくことはなかなか難しい、つまり、外国語だとどんなに習熟したところで限界がどうしてもあるわけで…。

なんてことをやっていると、「自動車に乗ること」=「英語によるコミュニケーション」が嫌いになるばかりか、「乗り物に乗って出かけること全般」=「言葉によってコミュニケーションをとること全般」が面倒くさいなんて子ども心に刷り込まれかねないわけです。

それを横目に他の子ども達は、ちょっとばかし転んでも、自転車だったらどうにかなるということで、自分一人で町中を探検して回るわけです。そして、自転車で町を探検することの楽しさ、つまり、母国語によるコミュニケーションで様々なシチュエーションをくぐり抜けていくことの楽しさに夢中になっていくわけです。

自動車教習所に通い始めるのが、自転車の限界を痛感してからで充分なように、外国語の勉強なんて、日本語の限界を痛感してからで充分です。

 

なんてことを言うのは、私自身が何度も英会話の勉強を始めようとして挫折した経験から、そもそも差し迫った必要性を感じていない勉強が続くわけがないと悟ったからです。

私の人生で英会話能力が最も高かったのは、英会話のリチャード先生と帰り道が毎日いっしょになって、電車の中での沈黙に耐えられなかった高校時代でした。何かしらしゃべらなきゃ気まずいし、しゃべったらやっぱりおもしろいということで、必死でコミュニケーションしていたことを覚えています。夏の時期は、日本のオバケの話から始まって、日本語における言霊の概念とかを必死で伝えようとしていたことを思い出します。

そして、高校を卒業すると、リチャード先生としゃべる必要が無くなって、私の英会話能力は見る間に錆び付いてしまったのでした。

もったいないからどうにかしなきゃとあがいた時期もあったのですが、今では、必要になってからまた磨けばいいと開き直っています。

とは言え、小学校受験だなんだで、子どもが英語をやらざるを得ない場合も出てくると思います。そんな時は、コミュニケーション用の道具を学ぶなんて本気で思わないで、単なる記号遊びだといっそ割り切ってしまった方が、弊害が少なくていいように思います。

勉強の才能とは、勉強において達成すべき目標を上手に設定する才能です。つまり、迷路をゴールから考える才能です。

子どもの英語教育におけるゴールを、間違っても「英語によるコミュニケーションが上手に出来ること」なんて設定しない方が良いというわけです。そんなもん、先生も含めて誰一人英語をしゃべれない小学校の英語教育の現場では、無理に決まっているわけですから。

「アルファベットを使った記号クイズに上手に答えられる」あたりをゴールに設定すると、迷路で変なところに迷い込まないで済むと思います。

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2010年8月12日 (木)

祖父に会いにふるさとへ

明日から、祖父を見舞いにふるさとへ。

長い休みがとれたので、自分だけでゆっくり見舞ってきます。

92歳の祖父は、この夏を越せるかどうかの弱りようとのこと。

入院した祖父につきっきりで疲れ果て、心のガードが下がりっぱなしの母との会話も楽しみです。

前に帰ったときは、自分自身が子どもを産むまで、母は子どもが苦手だったことをぶっちゃけられました。

田舎の団塊世代の女性が30で結婚なんて、かなりの変わり者です。色々な業をまだまだ抱えているに違いありません。

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2010年8月15日 (日)

ボケ老人に学ぶ発想力とおねしょ

ボケ老人に学ぶ発想力とおねしょ
里帰りして92歳の祖父を見舞ったところ、いよいよボケていました。私にとってはボケ老人初体験です。

最初は私が誰だか認識してくれませんでした。それどころか、痰の吸引作業が苦しくて機嫌を損ねたのをきっかけに、鼻に入っていたチューブを引き抜き、

「こんなものは、もう絶対つけない!もうこんなところには二度と寄りつかないからな!」

などと声を荒げてチューブを握りしめてしまいました。それを手から取ろうとすると、やせ細った腕なのにすごい力で抵抗し、目にうっすらと涙を浮かべているのです。

これに毎日一日中つきあっている母の大変さを思えば、さらなる外科手術を施しての積極的気休め延命という選択肢はあり得ないと思ったのでした。

ただ、翌日には好調の波が来たようで、私のことを何となく認識できるように。とはいえ、時間と空間の感覚はめちゃくちゃで、私が大学入学前だと思ってみたり、まだ大学生だと思ってみたり、自宅のベッドにいると思ってみたり、料亭か何かに来ているつもりの様子だったりといった調子です。

しかも、寝ているんだか起きているんだか、まぶたが弛みきって目の開く量がわずかなこともあって、終始まどろんでいる感じで、よく分かりません。

そんな様子を見ていると、自分自身の寝起きで意識が混乱した状態を思い出し、そうか、ボケるとはあの寝ぼけた状態が延々と続く状態のことなのかと、何かが分かった気がしました。

私は覚醒状態と睡眠状態の境界があいまいな体質で、異様にはっきりした口調で寝言を叫んでみたり、寝起きに妙な言動をしたりするのです。妻によると、夜中にむくりと起きあがって何かしゃべることもあるそうです。何より、おねしょが小学校4年生くらいまで治りませんでした。あと、つまらない会議では、気付くと寝てしまっています。

要するに、認識と思考と行動がてんでばらばらな状態が日頃からけっこうあるのです。

そして、そんな自分の体質を楽しんでいるというか、心と体が分離している状態を、私はむしろ積極的につくり出して活用しています。

特に単純作業をする時は、作業のために考える必要が無いので、心と体を分離するのにぴったりです。たとえば、お風呂で体を洗いながら、行き詰まっている仕事のアイデアを考えたりします。

とびきりのアイデアは、基本的にそんな時にしか出てきません。ある程度のレベルまでは理詰めで延々と考えて、それ以上のところは、考えているのとぼーっとしているのとの間くらいの感覚を作り出して、思考が渦巻く海の中にそっと手を入れて、アイデアを引っ張りあげるイメージです。

考えてみると、アイデアを生み出すに当たって、ボケ老人の意識は、空間も時間も飛び越えることが出来る無敵な状態なわけです。そこに、適度な理性を持ち込んでやることが出来れば、画期的なアイデアを自分のものとすることが出来るわけです。

自分が実践している発想法が、痴呆の一歩手前まで精神状態を意識的に持っていくことに他ならないのだと、祖父のボケっぷりを見て気づいたのでした。

体質的にそれが難しい人が、同じ精神状態を化学的に作り出そうとして、お酒や薬物の力に頼っているのかもしれません。

でも、そんなものの力を借りなくても、ちょいボケの境地には誰でも到達できるはずです。みんな、人間の認識と思考と行動とが完璧に一致していると思いこみすぎなのです。そもそも我々は正常とされる状態でも、認識と思考と行動なんて大して一致していないのです。

人間の認識なんてあやしいもんだということは、この前の記事で紹介した補色の実験をやってみれば、よく分かることです。

思考と行動が一致しているというのも、まさに思いこみです。条件反射や本能など、思考とはほぼ無関係な要因が自動的に生み出す行動が先にあって、それが思考の産物であると脳が思いこもうとして、後付けで思考をでっち上げることの方が多いくらいです。

人間の業ゆえの行動も、理性ではどうにも出来ないことがあるからこそ、思わず行動してしまった後から思い悩むからこそ、業なのです。

小賢しい考えをめぐらせたところで、何も出来なかったり、手遅れだったりするのは、人間の認識と思考と行動とが、それぞれ好き勝手に働いてしまうからなわけです。だったら、それを素直に受け入れてしまえばいいのです。

そして、これは希望的観測かもしれませんが、認識と思考と行動との結びつきの緩さに日頃から意識的に慣れていれば、本格的にボケることを遅くできるように思います。体が柔らかいと骨折しにくいのと同じような理屈で。

そういえば、きょーちゃんも、寝言がひどかったり、おねしょが治らなかったりと、私の体質を受け継いだ傾向を示しています。

何が言いたかったかというと、子どものおねしょなんて、そう気にし過ぎるなってことです(笑)

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2010年8月17日 (火)

仮面ライダーWの映画を3Dで観た

仮面ライダーWの映画を3Dで観た
実家で暇だったので、「仮面ライダーW FOREVER AtoZ/運命のガイアメモリ」を観てきました。地元の映画館では2Dも3Dも上映していて、出来れば2Dを観たかったのですが、上映時間の都合で3Dを観ることに。

なかなかおもしろかったです。須藤元気のオカマキャラが秀逸でした。

3Dについては、大した期待はしていなかったものの、その低い期待をさらに下回る微妙さ。クライマックスは3Dを活かそうという精一杯の努力のおかげでそれなりでしたが、3Dメガネのわずらわしさと天秤に掛けると…。

同時上映のゴセイジャーは、ますます3Dの意味が無いように感じられました。

少なくとも子どもと一緒に観に行く際には、2D版を選ぶことを強くオススメします。

家電マニアとしては、3Dテレビが全く普及しないであろうことを改めて確信しました。

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2010年8月18日 (水)

父再就職、弟無職

Bakadannakeiyaku
実家に帰ると、父が再就職していました。一方で弟が今月から無職になっていました。来月には三人目の子どもが生まれるというのに…。

これぞ現代社会の縮図という状況が実家で広がっていたのです。

父は専門分野である医療事務に関しては非常に優秀な人材です。しかし、変人なので60歳の定年であっさりと仕事を辞めぶらぶらしていました。

そして3年が経ってぶらぶらするのにも飽きてきたところで、親戚の医療関係者を通じて、近所の病院から打診され、時給1000円ぽっちでの復帰を決めたのでした。

その病院は、医療事務スタッフを全部派遣でまかなっていたところ、さすがに様々な問題が発生するようになってしまい、あわてて新人を採用したものの、新人を育成できる職員が病院内にいるはずもなく困り果てていたところで、父に目を付けたというわけです。

しかも、年金との兼ね合いから「給料は安くていいよ」と自分から言ってくれる超お買い得物件!

父のような団塊世代のお買い得物件が労働市場にあふれているわけです。そりゃあ、弟のような何の専門能力も育っていない30代を、まともな給料で雇う会社なんてありません。

弟はどうするんだろう…。

そういえば、第一子が生まれるときも弟は無職でした。一番大事なタイミングで無職になる弟です。

ああ、我ら悲しき氷河期世代。

身の回りの豊富な生々しい実例をもとに、これから折を見て、日本の労働の新しい形をいろいろと考えていきたいと思います。きょーちゃんやだいくんの未来のために。

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2010年8月19日 (木)

白は反射で黒は吸収だと学ぶ

白は反射で黒は吸収だと学ぶ
私の実家から今度は妻の実家へ。きょーちゃんやだいくんと久しぶりに遊びました。

きょーちゃんがハマりまくっていたのが、こどもちゃれんじほっぷ8月号についてきた「ライトと ルーペで はっけん! しぜん たんけん ずかん」です。確かに良くできた教材です。

透明フィルムに昆虫いっぱいの森の風景が描かれているのですが、下のページが真っ黒なので、そのままでは絵がほとんど見えません。

その透明フィルムと真っ黒ページとの間に、たんけんライトなる白い紙を差し込むことで、本当に懐中電灯で照らしたかのように景色が鮮やかに浮かび上がるのです。他にも海の中やサバンナのページがあります。これはワクワクします。

きょーちゃんは大興奮すると同時に、あまりの不思議さに仕組みを知りたがりました。

そこで、透明フィルムと真っ黒ページとの間に、スケッチブックの紙を挟んで見せたところ、景色全体がはっきりと浮かび上がって、きょーちゃんが歓声をあげました。

ここで、出来るだけシンプルに分かりやすく原理を説明します。

「白い色は光をはね返して、黒い色は光を吸い取っちゃうんだよ。だから、白い紙を下に置いた時に、光をはね返して見えるようになるんだ。」

さらに理解を助けるために、透明フィルムと真っ黒ページとの間に、色々な色の折り紙を挟んでみて、どんな風に見えるかを実験してみたのでした。

きょーちゃんは、明るい色の折り紙を挟んだときは、

「おっ!はね返してる!はね返してる!」

暗い色の折り紙を挟んだときは、

「吸ってるねぇ。光を吸ってるねぇ。」

と妙に納得していました。

結局、白い紙を挟んだときが一番くっきり見えることを確認して、大満足で実験終了です。

「はね返す」「吸う」という言葉のチョイスが良かったおかげで、きょーちゃんは何となく分かった気になってくれました。

何色もの色紙を次々と挟んでいく作業は、手軽な割に実験している手応えが大きくて良かったです。

ベネッセコーポレーション 進研ゼミ・こどもちゃれんじ

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2010年8月20日 (金)

タイムマシンバス

タイムマシンバス

久しぶりのお盆の帰省
ばあちゃんに線香をあげに行こうと
母と二人バスに乗った

バスは知らぬ間にICカード式に改造されていて
なのにいまだに栓抜きが設置されていて

車体は結局あの頃のまま

そういえば
停留所案内のテープの声も全く同じ
妙に落ち着いたおばちゃんの声のまま

私が乗り物酔いの酷い子だった
あの頃のまま

停留所案内の声が
いつまで経っても目的地を告げなくて
その妙に落ち着いた声が恨めしかった
あの頃

そんな私を寿司屋のおじさんが見かねて
帰りのバスが少しでも楽になるようにと
バヤリースオレンジを持たせてくれた

顔面蒼白で脂汗を流す私に
母が栓を抜いて飲ませてくれたけれど
結局ゲロがオレンジ色になっただけ

そんなことを思い出しながら
バスにゆられながら考えた

この栓抜きさえ残っていれば
ビンのバヤリースオレンジを用意して
このバスに乗れば

私は子ども達を連れて
あの蒸し暑い夏の日に帰り
あの頃の私と子ども達を会わせてやれるような

そんな気がした

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2010年8月21日 (土)

019なんでも当たるラードちゃん

「000東大パパ」から続けて読んだ方が楽しめます)

019なんでも当たるラードちゃん
お盆の里帰りで妹のラード・デラックスと久しぶりに会いました。

「兄ちゃん、私、また車にひかれちゃって大変だったのよ。ほら、右足のふくらはぎがまだ腫れてるでしょ!」

と足を見せられたのですが、最初から全身腫れ上がっているような体なので、イマイチよく分かりませんでした。

ラードちゃんは、しょっちゅう交通事故に遭うのです。

三輪車に乗っているときに事故に遭うことが多いようです。ラードちゃんは自転車に乗れないし、自動車免許も持っていないので、普段は三輪車を愛用しています。

5年前の事故の時は、三輪車に乗っているところに、自転車に乗った女子高生がぶつかってきて、三輪車が大破したそうです。

「兄ちゃん、三輪車を補償してもらう時に、いいやつにしてもらったのよ!なんと!三段変速よ!」

とラードちゃんが自慢するのを聞いて、三段変速の三輪車が存在することを知りました。

今回の事故では、三輪車に乗っているところに、自動車がゆるやかなスピードでぶつかってきて、自動車がそのまま逃げようとするところを、

「逃げるな!」

とラードちゃんが一喝して捕まえたとのこと。先方の補償手続きの態度があまりに不誠実だとプリプリ怒っていました。

ラードちゃんは、そんな調子で、とにかく何にでもよく当たるのです。事故にも当たるし、懸賞にも当たります。

食品のギフトセットプレゼント系の懸賞は、特に強いようです。当選品をもりもり食べて、135kgの肉体が作り上げられたわけです。

事故も懸賞も当たるのがセコいものばかりなのが、ラードちゃんの良いところ。

ところが、今回の交通事故は、ラードちゃんの日常生活に大変な苦労をもたらす結果となってしまったのだそうです。

太りすぎとはいえ、これまでは何とか自分でオシリを拭けていたのが、そこに事故による腫れが加わったことで、いよいよ手が届かなくなってしまったのです!

そこで、いつも旦那様に拭いてもらっているとのこと。

ラードちゃんの人生における最大の当たりは間違いなく旦那様だと、親戚一同で深々と頷きあったことでした。

いつもニコニコしながらラードちゃんの横に付き添っている旦那さんを見ていると、こんな底なしの奥深さを持っている人間が身近にいることに、心から感謝します。

彼がいい人なのは理解しましたが、彼がラードちゃんの何を好きでいてくれるのかは、まだこれっぽっちも理解できていません。

「020ピンク温泉街のおかみの夢」につづく)

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2010年8月22日 (日)

ペットボトルのラベルあそび

ペットボトルのラベルあそび
車で大きな公園に行った帰りに、飲み終わった爽健美茶と伊右衛門のペットボトルをきょーちゃんが熱心にいじっていました。

しばらくして、きょーちゃんが突然、

「今ね、5時だよ。」

と言い出しました。きょーちゃんの腕を見てみると、爽健美茶のラベルを巻いて作った腕時計が出来ています。あのラベルって、ペットボトルからはがしても粘着力が残っているんですよね。

そのラベルに550mlと書いてあるのを見て、5時だと言っているのでした。

更に、シールを貼るのを手伝ってくれと言います。

伊右衛門のラベルはミシン目からペリペリちぎってはがすタイプで、そのちぎって出来た短冊状の部分を腕の周りにくるりと巻いて、爽健美茶についていた応募シールで貼り付けて固定しようとしていたのです。腕時計のアクセントってわけです。

車の中での暇潰しに、あり合わせの材料を使って、自分で思いついた工作にもくもくと取り組むなんて、きょーちゃんの創造性の見事な育ちっぷりに、ちょっと感動してしまいました。

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2010年8月24日 (火)

迷子の呼び出しあそび

きょーちゃんと私のお店屋さんごっこにだいくんが参加するようになってきました。

きょーちゃんがお母さんの設定で、だいくんの手を引いてお買い物にくるのです。お姉ちゃんと弟という現実そのままの設定でいいじゃないかと思うのですが、

「きょーちゃんはお姉ちゃんじゃないよ!」

などと言って嫌がります。お姉ちゃんと言われても、身近にお手本が無くてイメージ出来ず、戸惑っているのかもしれません。

そんなこんなで、お母さん役のきょーちゃんがだいくんの手を引いて私がやっているお店屋さんにお買い物にくるわけですが、だいくんがおとなしくつきあっているワケもなく、途中で逃亡してしまいます。

そこで、迷子の呼び出し遊びを思いつきました。迷子のだいくんを探してくださいと、お店の人である私にきょーちゃんが依頼するという遊びです。

ポイントは、迷子の特徴をきょーちゃんに事細かに説明させることです。

「迷子の方のお名前は何ですか?」

「あずまだいきちです。」

「何歳ですか?」

「1歳です。」

「どんな服を着ていますか?」

「黒です。」

「長袖ですか?」

「半袖です。」

「ズボンは?」

みたいな感じのやりとりをしていきます。

髪型や顔立ちの特徴など、言葉で表現するのが難しい上級編も、そのうち試してみたいと思っています。

そうやってきょーちゃんが語った情報をもとに、私が店内放送のイメージで迷子の呼び出しをして、私なり妻なりがだいくんを捕獲してきて、きょーちゃんに引き渡すわけです。

「もー、心配したんだからね。」

なんて、きょーちゃんがやってみたり。で、またすぐに逃げ出すわけですが(笑)

物事を言葉で正確に描写する訓練になりますし、何より実際の迷子の呼び出しのシミュレーションとして非常に正しいので、ごっこあそびとして嘘が無くて楽しいです。

それに、幼児相手のお店屋さんごっこって展開のバリエーションが意外と少なくて大人の方が飽きちゃうので、こういう変化球を挟んだ方が大人も楽しめます。

兄弟がいない場合でも、ぬいぐるみなどで同じようにやればいいわけです。

「ミッキーが迷子なんです。」

みたいに固有名詞で終わらせないで、一般名詞や形容詞や色の表現を組み合わせてミッキーを説明させましょう。

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2010年8月25日 (水)

人を背負う重さ

今朝のゲゲゲの女房は、水木しげるが会社や家族みんなの生活を背負う重圧に必死に耐えて仕事をしていて、とうとう倒れて、そこでやっとその重圧の厳しさを妻に語るという話でした。

同じような話を、親しい漫画家の先生から聞かせてもらったことがあります。老人介護問題に真正面から向き合った漫画「ヘルプマン」を描いているくさか里樹先生です。

くさか先生には、やたらとよく見る夢があるそうです。

くさか先生がふとんに腹ばいになっていて、ふとんごと引きずって前に進もうと必死になって手で漕いでいる夢です。でも、なかなか前に進みません。

それもそのはずで、くさか先生のアシスタントたちも一緒にふとんの上に乗っかっているんだそうです。それでも、くさか先生は何とか前に進もうと、力の限り漕ぎ続けるのです。

くさか先生は地元の高知県で今でも仕事していらっしゃって、となると、東京でアシスタントを雇うのとは違って、くさか先生の仕事が途切れたからといって、他の漫画家のところに行くというわけにもいきません。くさか先生が立ち止まることは許されないのです。

漫画家って本当に大変な仕事ですよね…。

私が背負っているのは、妻ときょーちゃんとだいくんだけです。それでも、それなりの重さです。

その重みが、人を押し潰すこともあるし、奮い立たせることもあります。

さて、なかなか仕事が見つからない我が弟は、三人目の子どもが生まれることがどう影響することやら。

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2010年8月27日 (金)

迷路の奥に宝物

迷路の奥に宝物
家族で出かけたアスレチックパークに巨大迷路があったので、きょーちゃんと二人でチャレンジ。

迷ってたどり着いた先にねこじゃらしが生えていました。そこでふと思いついて、

「宝物みつけた!」

と叫びました。すると、きょーちゃんは

「本当だ!ねこじゃらしだ!宝物だ!」

と目を輝かせました。

その後、きょーちゃんがずっと手に握ったまま遊んでいたため、最後には肝心の穂の部分がどこかにいってしまったのですが、それはそれできょーちゃんは満足げでした。

子どもの宝物って、そういうものでいいというか、そういうものがいいと思います。

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2010年8月29日 (日)

忍者村で迷路ブーム本格化

Ninjadai

チビッ子忍者村に家族四人で行きました。年中さんくらいにならないと厳しいかもと聞いていたのですが、年少さんのきょーちゃんだけでなく、1歳児のだいくんまでめちゃめちゃ楽しめました。

きょーちゃんは行きの車の中で寝てしまい、着いてすぐは寝起きで「疲れた」を繰り返す不機嫌モード。無理に連れ出しても仕方ないので、妻が付き添って休憩所で休ませておいて、私はだいくんと忍び砦コースへ。要するにフィールドアスレチックコースです。

だいくんは、遊具のまわりをよちよち歩き回っていただけですが、でこぼこの地面や段差をとっても楽しんでいました。

ひとしきりだいくんを遊ばせて休憩所に帰ると、きょーちゃんもやっとエンジンがかかってきていました。だいくんを休憩させて、今度はきょーちゃんを連れて、再び忍者の砦へ。

きょーちゃんは凄まじいやる気を発揮して、はしごやら縄ばしごやらどんどんチャレンジしてクリアしていったのでびっくりしました。ただ、細い丸太のブランコを次々と飛び移っていく川越の術にまでチャレンジしたものの、10mのコースを5mほど進んだところでギブアップしたのには参りました。川のど真ん中で立ち往生です。

仕方なくきょーちゃんを抱っこして残りを進んでいったものの、運動神経が残念な私は本当に必死でした。きょーちゃんにも必死ぶりが伝わったようで、私にしがみつきながら

「おとうさんがんばれ!おとうさんがんばれ!」

と繰り返していました。

そんなこんなで、最後は忍者屋敷のアトラクションへ。屋敷系のアトラクションは二つあって、まずは「からくり不思議屋敷」の方にママときょーちゃんでチャレンジ!中の迷路で散々迷ったそうですが、大いに楽しんで帰ってきました。

Ninjayashikisoto

続いては、「忍者屋敷」というそのものずばりな名前のアトラクションに、今度は私ときょーちゃんでチャレンジ!

Ninjayashiki

ところが、こちらは完全にオバケ屋敷のノリで、泣き叫ぶきょーちゃんを抱きかかえた私の行く手を忍者のカラクリが阻みます。大人でも苦手な人には厳しいであろうアトラクションでした。

「忍者屋敷」への挑戦は、オバケ屋敷が苦手な人は止めた方がいいと思いますが、ちびっ子忍者村全体としては、とっても楽しかったです。

そして、この前あそびに行ったアスレチックパークから迷路系アトラクションへの挑戦が続いたことで、きょーちゃんの迷路ブームが本格化したようです。迷路ブームについては、また明日。

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2010年8月30日 (月)

オリジナル迷路づくり

オリジナル迷路づくり
絵本などの迷路あそびに、きょーちゃんはこれまでほとんど興味を示しませんでした。

ところがアスレチックパークと忍者村で迷路系アトラクションを体験したことをきっかけに、迷路に興味を持ったようです。絵本の簡単な迷路を軽々とクリアできる様子を私に披露して、得意な顔をしてみたり。

そこで、「せんせい」でのオリジナル迷路づくりを私から提案。

最初はきょーちゃんにも書くのを手伝わせようとしたのですが、さすがに難しすぎでした。基本的に私が書きました。きょーちゃんはノリノリで横から口出ししてきます。

「こっちに行ったらお化けがいることにしようよ!」

というきょーちゃんからの提案。忍者村の忍者屋敷で行き止まりに不気味な人形が立ちはだかって怖い思いをしたのが、よっぽど印象に残っているようです。

子どもの遊びの基本は、体験したことのいろいろな形での再現なのですね。

ひとつひとつの体験を何度も何度も反芻して様々な角度から味わうことで、体験の意味を子どもが自分の中で深めていく、その様子がありありと分かって本当におもしろいです。

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2010年8月31日 (火)

レゴで迷路づくり

レゴで迷路づくり
「せんせい」にオリジナル迷路を描いて遊んでいたのですが、「せんせい」は一部分だけの書き直しが出来ないので、子どもが試行錯誤しながら迷路を描くのには向いていません。クレヨンも同じく書き直しが出来ません。

そこで、レゴブロックで迷路をつくることにしました。これなら、いくらでも試行錯誤ができます。

基礎板の上に動物の人形をいくつも配置して、それぞれの動物の家を結ぶ道のりを迷路にするという世界観がポイントです。これなら、ゴールやスタートや経由地の設定を自由にできます。遊ぶときのバリエーションがぐっと増えます。

「ゾウさんのところから、カバさんを誘って、キリンさんのところに遊びに行こう!」

みたいな感じです。

袋小路がいくつもある立派な迷路をつくろうなんて思わないのもポイントです。きっちりしたものを作るのは大人でも難しいです。ちょっとした壁がいくつかあるだけで、それで十分に迷路です。

更に、きょーちゃんが行き止まりにお化けがいることにこだわったので、世界観に合うようにお化けではなくライオンを配置して、そこに迷い込んだら食べられてしまう設定にしました。そういう設定があると、遊ぶときに盛り上がりポイントがつくりやすいです。

「ちょっとちょっと、ぞうさん!そっちに行ったら食べられちゃいますよ!」

「ルンルンルン♪こっちで大丈夫だよ♪」

「ちょっと!ぞうさん!お父さん!そっちに行ったら食べられちゃうって!お父さん!ダメだって!」

「ルンルンルン♪ガオー!うぎゃー!食べられちゃった!」

「もう!だからきょーちゃんが言ったのに!」

みたいな感じ。

どう頑張ったところで、本当に迷うような複雑な迷宮はつくれないのですから、ゆるーい感じでつくって、後は遊ぶときの想像力で補いましょう♪

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