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2011年1月の8件の記事

2011年1月 2日 (日)

救急車と座薬のタイミング

年末は仕事が立て込んでいた私を残して、妻と子ども達は一足先に妻の実家へ。

うちにいる時にかかっていた風邪や結膜炎が完治していない感じでした。帰省して早々、きょーちゃんの鼻の中がとびひになったりして大変そうでした。そして、だいくんが救急車で運ばれたというメールが…。妻からのメールです。

結論から言うと大丈夫でした。

昨晩、だいくんが高熱で痙攣して白目むいてぐったりして意識が飛んでたので救急車で夜間にやってる診療所に行きました。幸い痙攣早めに治まって今は不調ながらも元気です。そして今から眼科に行ってきます。だいくんも結膜炎らしき症状が出たためです。
きょーちゃんは鼻の中のとびひがまだ完治していないので薬を塗っている状態です。

年末年始は医者が休みで年末はほとんど今日で最後なので駆け込みです。
くれぐれも体に気をつけてください。

文面がやたらと他人行儀なのは、ケンカしていたからです(笑)。年末年始は親戚付き合いの認識のずれで色々とケンカしちゃうんです。その後、無事仲直りしました。

妻によると、座薬を入れるタイミングを見誤ったのが悔やまれるとのこと。

熱冷まし用の座薬を入れることについては、むやみに使わないようにとお医者さんからキツく注意されるそうです。

熱冷まし用の座薬はあくまで症状を抑える一時しのぎに過ぎないものだし、一度使ってしまうと一定時間使えなくなってしまうので、まさに最後の切り札なのです。

しかし、高熱が続きすぎると熱痙攣を起こして場合によっては呼吸が止まってしまうなどの非常に危険な状態になってしまうわけです。

なんて言い方では、お医者さんは教えてくれなかったらしく、

「熱と戦わせてください!」

なんて言い方をされたそうです。そんな根性論的な言い方をされては、座薬のデメリットを理解できるわけがないと思うのですが…。

そんなわけで、危険な状態に陥っただいくんを前に、妻は119番に電話して救急車を呼んだわけです。

すると、救急車に乗ったあたりでだいくんは意識を取り戻し、救急車を呼ぶのは大げさすぎたかと妻は思ってみたりもしたそうです。

そして、病院についた時点でだいくんが嘔吐。救急車はめちゃめちゃ揺れるので、幼児はその揺れで吐く例も多いらしく、病気で吐いたのか何なのかよく分からなくなります。

座薬を使うタイミング、救急車を呼ぶタイミング、どちらも本当に難しいです。

そして、調べれば調べるほど色々な目安が書いてあって、頭は混乱するばかりです。

我が家なりの結論は、「ケースバイケースと腹をくくるしかない」ってことです。

子どもの体質によって、状況によって、判断基準が変わるのが当たり前だと、それを判断するのは親しかいないと腹をくくるしかないのだと思います。

ただ、その判断基準は、訳の分からない根性論ではなく、諸刃の剣のメリットとデメリットをよく理解することが前提なのがポイントだと思います。

さて、だいくんは元気そうにしながらも、まだ微熱が続いていて、なかなか安心できない状態です。要は風邪をこじらせているってことらしいです。頑張れだいくん!

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2011年1月 5日 (水)

風邪とクスリとホメオパシー

救急車で向かった病院から取りあえず帰宅しただいくんは、元気を取り戻したように見えたものの、翌日に再び40℃オーバーの高熱を出してふらふらに。今度は座薬投与で落ち着きを取り戻したものの、その後一週間近く熱が出たりおさまったりを繰り返しています。

発症したのが妻の実家に帰省中で助かりました。妻一人では完全にパンクしていました。

今回の風邪こじらせ騒動にまつわる妻の話で印象的だったのが、

「座薬は出来るだけ使わないで子どもを熱と闘わせてください!」

「ウイルス性の風邪なのでクスリでは治らないんです。」

とお医者さんから言われたというものです。

座薬の安易な投与を戒めるための言葉として「子どもを熱と闘わせる」という物言いは如何なものかと前回の記事で書きました。

一方で「ウイルス性の風邪なのでクスリでは治らないんです。」という物言いに、お医者さんの苦悩も感じられ、何とも悩ましい問題だと思いました。

風邪は基本的にウイルスが原因であり、クスリ=抗生物質が効かないのは当たり前なのです。抗生物質は細菌を退治する薬であり、細菌とウイルスは全くの別物だからです。

というか、そもそも風邪を「治す」クスリなんて無いのです。いわゆる風邪薬は風邪の症状をやわらげるためのクスリでしかありません。

なんていう議論は何万回もされてきたし、ネット上にも山のようにあります。

そんな当たり前のことを、「ウイルス性の風邪なのでクスリでは治らないんです。」とそれっぽいんだけど実は何も言っていないに等しい説明を改めてしなければ納得してくれない患者が多いのでしょう。

それでもなお、抗生物質を処方してもらわなければ気が済まない患者が後を絶たず、風邪薬や座薬などの症状を抑えるだけの薬に過大な期待をする人だらけなので、お医者さんも合理的に丁寧に説明することを諦めてしまうのでしょう。

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かくいう私も、妻のパブロンへの信仰というか誤解をどうしても解けないでいます。場合によっては予防効果まであるかのようなことを言い出すので、せめて症状が出る前に服用することだけは止めさせている状況です。

なんてことを言っていると、ホメオパシーのデタラメが「ウソも方便」だと甘いささやきに聞こえてくる人も出てくるわけで…。

こと病気に関しては、「人間は合理的にふるまえない」という前提で、病気の渦中にあっては自分の家族や自分自身の合理性すらもあてにならないと思っておくのがいいと思います。

だからこそ、大きな病気をする前の普段の生活から、病気や薬についての勉強を冷静にやっておくことが必要だし、何より夫婦の間での意識のすりあわせをしておかなければいけないと思いました。パブロンを飲むタイミングひとつで夫婦ゲンカするくらいがちょうどいいのです。

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2011年1月 6日 (木)

お揃い作戦で熱さまシート

微熱が続くだいくんのお世話を妻のお母さんとお兄さんに頼んで、夫婦ときょーちゃんでお出かけしてきました。せっかくおばあちゃんの家に遊びに来ているのに外出できなくて、きょーちゃんが爆発寸前だったのです。

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帰ってくると、だいくんが熱さまシートをおでこに貼り付けて、元気に遊んでいました。

なぜか妻のお兄さんも熱さまシートを貼っていて、ぬいぐるみのクマちゃんも色紙で作った熱さまシートを貼っていました。

だいくんが最初嫌がったので、みんなお揃い作戦で熱さまシートを貼ったのだそうです。

以前にも貼ろうとして嫌がられて止めた経験があったので、お兄さんのアイデアに脱帽です。

※追記
f_streamさんからtwitterでコメントいただいたとおり、熱さまシートは気休めです。貼ったときに気持ちいい気がする以上の何ものでもありません。場合によっては、かぶれたり、うっかり口に貼り付いてしまうなどの事故も考えられます。なので、嫌がるのを無理に貼り付けるべきものではありません。気持ちいいから貼るものです。
熱さまシートをオススメしているとしか読めないタイトルだったので、記事タイトルも変更しました。
お揃い作戦の妙を楽しむ記事としてお読みいただけるとありがたいです。
また、世の中には気休めに過ぎないものが市民権を得ている例が山のようにあることを、f_streamさんの見事な表現を借りると「何かしないと気が済まない人向けのアイテム」が溢れていることを、人間の業だなぁと味わっていただく機会にしていただければと思います。
f_streamさん、コメントありがとうございました。

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2011年1月 7日 (金)

おみくじ遊び

Omikuji

初詣に行くにあたって、きょーちゃんにおみくじのことを教えてあげました。

「吉が出たら良いことがありますよ、凶が出たら悪いことがありますよ、っていう占いなんだよ。でも、凶が出ても大丈夫。お父さんは去年凶をひいて、確かに入院したりして大変だったけど、まぁ大丈夫。入院したおかげでやせたしね♪」

なんて感じで教えたものの、口で言って分かるものではありません。幼児に占いの概念を言葉で教えるってめちゃめちゃ難しいですよね。

ということで、実際におみくじを作って遊びました。

私がメモ用紙に「きち」「だいきち」「すえきち」「きょう」といったお手本を書いて、きょーちゃんもそれをマネて書いておみくじの完成です。全部で10枚くらい作った中に「きょう」が1枚だけ。

折り畳んで箱に入れて、私やママやおじいちゃんやおばあちゃんやおじさんやだいくんにひいてもらいます。何事も無闇に慎重というかビビりなきょーちゃんは、自分でもひくように勧めても、誰かが「きょう」をひいて「きょう」が無くなるまではひこうとしませんでした。

要はクジ引きみたいなもので、「きち」がアタリで「きょう」がハズレだと理解したようです。

おみくじ遊びをすっかり気に入って何度も繰り返した結果、そのうちきょーちゃんも「きょう」をひいてしまうこともあるわけで、要は「吉」をひこうが「凶」をひこうがどうということはないという、おみくじで一番大切なことまで体験を通して理解した上で、初詣に出かけて本物のおみくじをひいたのでした。

きょーちゃんは「中吉」、妻は「半吉」で、去年「凶」だった私は「大吉」でした。おみくじによると今年は出世するらしいので楽しみです。

初詣から帰ってきた後、おみくじ遊びの更なる展開として、お店やさんごっこのキャンペーンとして使ってみたら、めちゃめちゃ盛り上がったのでオススメです。

お買い物500円につき1回おみくじがひけて、「きょう」以外が出たらプレゼントがもらえるという設定にしたところ、お客さん役のきょーちゃんはおみくじをしたいが為だけに大量の買い物を…。きょーちゃんの将来が少し心配になりました(笑)。

プレゼントは、そこらへんにある箱ティッシュやポケットティッシュで大丈夫というか、むしろその方がリアルなのがポイントです。

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2011年1月27日 (木)

プリキュアがスゴすぎてインフル悪化

土曜日の仕事が長引いて日曜日の明け方に帰ってきたところ、きょーちゃんが前の晩から熱を出して寝込んでいるとのこと。39℃から下がらなくなったので座薬投与で熱を下げて寝ている状態でした。

看病でふらふらになっている妻を寝かせ、私は持ち帰った業務を居間で片づけることに。8時を過ぎた頃にだいくんが起きてきたので、着替えさせて大好きな超熟マフィンを焼いて食べさせながら仕事。

もちろんテレビには仮面ライダーオーズです。そして、8時半をまわるとハートキャッチプリキュアがスタート!次回で最終回ということで、ツイッターの反応などをチェックしながら万全の体制で見たいところ。だいくんと一緒にオープニングテーマを大合唱♪

すると、オープニングテーマが終わったところで隣の寝室からきょーちゃんが起き出してきました。

「楽になった気がする。」

と言いながら、きょーちゃんの目はプリキュアに釘付けです。額を触ってみたところ明らかに微熱があるのですが、取りあえず元気そうなので温かい格好をさせて一緒にプリキュアを見ることに。

1月23日放送のプリキュアはテンション鰻登りな最終決戦バトルあり!涙なしには見られないダークプリキュアの最期あり!の神がかった出来映えの放送でした。

すっかり元気になった(ように見えた)きょーちゃんは、土曜日に遊んでもらえなかった分を取り返すように、プリキュア放送後も私と一緒に元気に遊んで……昼には再びぐったり…。

その後、再び39℃近くの熱が出て夕方に座薬投入。夜中に救急病院に連れていく覚悟をしていたものの、何とか無事に朝を迎えて月曜日に普通に病院に連れていったのでした。

診断はA型インフルエンザ。幼稚園に連絡したところ、きょーちゃんを入れて8人が休んでいて学級閉鎖になったとのこと。きょーちゃんは月曜日にはすっかり元気になりました。

その後、きょーちゃんが寝ているにも関わらずプリキュアを見ていたことを妻からこっぴどく叱られました。

「いや、ほら、だいくんが見たがったから…。」

「そんなわけないでしょ!あなたが見たかったんでしょ!隣の寝室に声が聞こえてきてきょーちゃんが無理してでも見たくなっちゃうのは当たり前でしょ!」

「ご、ごめん…。」

ということで、すべてはハートキャッチプリキュアの神懸かったおもしろさが悪いというのが結論です。

今度の日曜日はいよいよ最終回!ラスボス・デューンはどうなったのか!?ワクワクが止まりません。きょーちゃんは「まだ生きていると思う。」とのことでした。

きょーちゃんが初めて全部見たアニメがハートキャッチプリキュアという歴史に残る名作で良かったです。

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2011年1月28日 (金)

紙皿と紙コップを工作遊びに導入

工作遊びに紙皿と紙コップを導入しました。

ホームセンターで買ってきた紙皿と紙コップを与えたところ、きょーちゃんはもちろんだいくんも大喜び。

「さて、工作を!」

とパパも張り切ったのですが、子どもたちは紙コップ紙皿牛乳パックを使ったおままごとに夢中になっていました。

なので、放っておきました。

何事も親が張り切りすぎないことが大切です。子どもが自分たちで盛り上がっていれば、それでいいのです。親もその方が楽ですし。

「工作は、また今度!本を読む時間が出来てラッキー♪」

と素直に喜べる親の方が、結局みんなハッピーです。

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2011年1月29日 (土)

紙皿にお絵かきで最高の喜び

紙皿にお絵かきで最高の喜び
だいくんが紙皿にお絵かきをしました。

縁のでこぼこしたところにクレヨンで線を描く感覚が楽しいようです。

だいくんが一通り描き終えた紙皿をきょーちゃんが持って、

「見て見て!スゴいよ!だいくんの作品だよ!」

と私や妻に駆け寄る姿を見て、色々な喜びがこみ上げてきたのでした。

人生の最期までたどり着いて振り返ったとき、こうした瞬間に勝る幸せは無いだろうというのが、私と妻に共通する認識です。

「これからの十年、子どもたちがティーンズになる前くらいまでが人生の中で一番幸せな季節なのだから、この十年を精一杯楽しもうね。」

という話を妻にしたところ、分かりきった話として妻が肯いてくれて、とても嬉しかったのは3年前のことでした。

日々重ねている精一杯の研鑽が、すべてはこの当たり前の日々を守るために過ぎないことを、私は絶対に忘れないようにしています。

忘れがちだからこそ。

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2011年1月30日 (日)

紙皿の中心と数学の概念

紙皿の中心と数学の概念
紙皿工作のアイデアを思いついたらしいきょーちゃんが、紙皿に穴をあけてくれと私の所に来ました。

ここに穴をあけてくれときょーちゃんが指さす紙皿を見てみると、折り目を2本つけた跡があって、その交わる点を指さしています。もしやと思って聞いてみました。

「きょーちゃん、どうして折り目をつけたの?」

「お父さんがさっきやっていたのをマネしたんだよ。」

「2本の折り目が重なるところに穴をあけたいのは、どうして?」

「真ん中だからだよ。」

やっぱり!円の直径を結ぶ線の交わるところが中心であることを、何となく理解しているのです。

たしかに私がその直前、お手本の工作を作ってみせようとぶんぶんゴマを作るにあたって、同じ方法で紙皿の中心を求めていました。

それをきょーちゃんはじっと観察していて、折り紙などで得た経験値のおかげもあって、その折り目の意味を悟ったのでした。

そう!悟ったのです!

と言うのも、江戸時代に大いに発達した日本の数学「和算」の世界では、円の中心や接点の概念などについては師匠のやり方を見習う中で「悟る」ものとされていて、茶道や華道の精神などと同じく事細かに教えてもらうものではなかったのだそうです。

それゆえに「定義」というものが発達せず、学問としての発展にあたっての壁にもなったわけですが、和算の発達ぶりもめちゃめちゃスゴかったわけで、まぁ「定義」を習わずとも、大抵の概念は「悟る」ことができるわけです。

そして、「見て学ばせる」という日本古来の道の導き方もぜひ取り入れた方がいいと思います。「悟り」って基本的に自分で開くもので、他人から全部お膳立てされせかされては、せっかく開きかけた悟りも閉じてしまうってものです。

ちなみに、きょーちゃんは紙皿の真ん中にあけた穴にストローを突っ込んで馬の乗り物にセロハンテープで固定してハンドルにしていました。

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